劇団FINAL LAP 第8回公演
夕 暮 れ キ ャ ベ ツ
 作・坂本みゆ

(前半)
【CAST】
ミツコ   /唐沢智恵美
セイシロウ/西垣俊作 
アキラ   /川崎みそ 
エミ    /木村こてん
カワハラ /横山 大  
ナナエ  /さなみいつこ
アサノ  /入戸野力也
ミズタニ /川畑 竜矢

○定食屋
アサノ、ミズタニ、テーブルに着いている。食後の食器がテーブルに乗ったまま。


アサノ「それであのあとはどうだった」

ミズタニ「ああ、そのまま打ち続けたら全部持っていかれちゃって。やっぱ適当に切り 上げないとダメだ。なかなか儲かんないよな」

アサノ「あそこ、朝一の一時間が勝負なんだよ。それで入んなかったら諦めてとっとと 帰った方がいいぜ。吸い込まれるだけだ」

ミズタニ「ホントか? それ」

アサノ「ああ、イザワさんがそう言ってた」

ミズタニ「へえー、だったら確かだな。……朝の一時間ね」

アサノ「何だよ、それ」

ミズタニ「お前の言うことは信じないことにしてる」

アサノ「ひっでーなあ、俺が何した」

ミズタニ「何もしないからだよ。あ、何もってゆーか、こないだ俺のハコから半分近く玉 抜いて行っただろ。あれ返せよ」

アサノ「返す、返す。俺が出たらな」

ミズタニ「いつになるか分かんないだろ、そんなのっ」


エミ、上手から登場


エミ「あれ、二人共、まだいたの?」

ミズタニ「あ、エミちゃん、こんにちは!」

エミ「母さんが出掛けたときに一緒に帰ったと思ってたのに」

アサノ「誰もいないと無用心だからね。留守番だよ、留守番」

エミ「アサノさん午後のお仕事は?」

アサノ「今日はこのまま得意先回りだからいいんだよ。朝から課長に怒鳴り散らされた んだ、リフレッシュしないとね」

エミ「リフレッシュの合間に仕事してるクセに、よっく言う。ミズタニさんは?」

ミズタニ「今月のノルマはクリアしてるからのんびりしてていいんだ。エミちゃん、一緒に 映画でもどう?」

エミ「あたしは忙しいもん。今月始まったばっかりなのにもう契約取れたの?」

アサノ「ったく、このご時世によく120万もする教材セット売ってるよな」

エミ「120万!?」

ミズタニ「このご時世だからだよ。どこの奥様方も教育熱心で、いいことだね」

エミ「それにしたって……」

アサノ「エミちゃん、今のうちにじっくりこいつ見ておいた方がいいよ」

エミ「何で?」

アサノ「悪徳商法でそのうちニュースに出るからさ」

ミズタニ「失礼だな。お前と一緒にするな」

エミ「コピー機、売れた?」

アサノ「売れるわけないじゃん。どこのオフィスも最新のカラーコピー機が入っててさ あ、これから買うなんてのんきな企業はそれこそ生き残っていけないよ。ウチも販売部 門が全然伸びてないから、最近はもっぱらリース契約取って来いって言われてる」

エミ「ふーん、そういうモンなの? リースだと毎月お金かかるんでしょう? 買ったほう が安いんじゃないの」

アサノ「エミちゃ〜ん……」

ミズタニ「コピー機ってどんどん新しくなるだろ? 一度買っちゃったら、買い換えるたび にお金がかかるけど、リースは機種変更すれば次の月には最新型の機種になるから ね。結局経費の節減になるんだよ」

エミ「ふ〜ん……(しきりに頷く)」

ミズタニ「……いいよ、分かってるフリしなくても……」

アサノ「俺の仕事はお前みたいに奥様方を騙くらかして何とか、ってもんじゃないからな あ」

エミ「どっちもどっちじゃない?」

ミズタニ「アサノとは一緒にしないでくれよ。ね、エミちゃん。ホントに映画行こうよ」

エミ「だから、あたしはヒマじゃなーいの」

アサノ「行ってくればあ? 店番くらいやっててやるよ。どうせ夜まで誰も来やしないだろ うし。ここに座ってりゃいいんだろ?」

エミ「何言ってんの。夜の仕込みだってあるんだから」

アサノ「どうせエミちゃんがやるのなんて食パンミキサーに掛けるだけじゃん」

エミ「それだけじゃないもん! 洗ったおしぼり巻いて補充するでしょ、割り箸の補充で しょ、お醤油の補充、ソースの補充、爪楊枝の……」

アサノ「それ仕込みって言わないから」

エミ「うるさいなあ、お仕事なの!」


アキラ、上手より登場(手には大きなボストンバッグ)


エミ「あ、いらっしゃいませー。適当に空いてるところに座って下さいね。ほらほら、お客 さんは二人だけじゃないんですからね」

アキラ「……(座る)」

エミ「(水を置いて)ご注文、何にします?」

アサノ「エミちゃんが作れるものなんかあったっけ? お金取るの、それ?」

エミ「ちょっと! 初めて来たお客さんに変なコト言わないでよ、営業妨害なんだから ね!(アキラを見て)大丈夫ですよ、母さん、ちゃんと下ごしらえして出てったから、あた しがやるのなんて揚げて盛り付けるだけですから!」

アサノ「揚げるの? エミちゃんが? 何かチンして食べるやつとかないの、ここ。あ、 お兄さん、キャベツにしなよキャベツ! ここの美味いし、タダだから」

エミ「あれは定食のお客さんにサービスで出してるの。キャベツだけなんて出せませ ん。アサノさん、これ以上余計なこと言ったらツケぜーんぶ、今日回収しますからね」

アサノ「えっ、や、無理だよ、そんなの! ごめん、エミちゃん、ごめんなさい。(コップの 水を飲んで)うーわ、この水、うっまいわ!」

エミ「ふんだ」

ミズタニ「……あれ、エミちゃん、今日水曜だよ。そろそろ閉めるんじゃないの?」

エミ「え、……あ、いっけない! 水曜だっけ、今日!」

アキラ「……変わってないな、エミ」

エミ「え?」

アキラ「久し振り」

エミ「(アキラの顔をよく見て)…アキラちゃん!?」

ミズタニ「知ってるの? エミちゃん」

エミ「……ホントに、アキラちゃん?」

アキラ「もう、忘れた?」

エミ「ううん、そんな訳ないじゃない!(抱きつく)」

ミズタニ「えっ、エミちゃん!」

アサノ「なになに、エミちゃんの初恋の君?」

ミズタニ「(慌てる)初恋の君だと!」

アサノ「ミズタニ、ライバル出現だねえ」

ミズタニ「貴様ぁ! 俺は誰の挑戦でも受けるぞ!」

アサノ「どっちかってーと、挑戦者はお前だと思うぞ」

ミズタニ「何だと!」

エミ「すっかりカッコよくなっちゃって〜」

アキラ「そう?」

エミ「うんっ、前からカッコよかったけど、ますますカッコいい!」

アキラ「ありがと」

ミズタニ「(落胆)……え、エミちゃん……」

アサノ「……戦わずして負けたな……。エミちゃん、そちらは?」

エミ「あ、ごめんなさい、久し振りだったんで、つい。三年前に父さんとケンカして家出し ちゃったアキラちゃんです」

アキラ「……初めまして」

ミズタニ「……え?」

アサノ「なーんだ、お兄さんかあ」

ミズタニ「お兄さん?」

エミ「え? あっ、違うの。そうじゃなくて……」

ミズタニ「(立ち上がって)お兄さんでしたか! 嫌だなあ、もう突然帰ってきたりしてビッ クリさせるなんてお茶目さんなんだから〜。あ、素敵なスーツにゴミが(手で払う)」

アサノ「エミちゃん、お兄さん二人もいたっけ? 確か……」

エミ「あの、だからミズタニさん、そうじゃなくてね」

ミズタニ「そうじゃなくてって、何が……」

アキラ「エミの姉のアキラです。 いつもエミがお世話になってます」

ミズタニ「……え?」

エミ「えと、長女の、アキラちゃんです」

アサノ「ちょ……」

ミズタニ「ちょうじょおーっ!?」

エミ「昔からね、カッコよくってね、女の子にすごくモテてたんだから」

ミズタニ「……お、お姉さん、でしたか……。でもそのスーツ、男物ですよね」

アキラ「ええ、これはまあ、仕事柄これしかなくて」

ミズタニ「仕事?」

アサノ「そんなの仕事で着てたらホストみたいですよ」

アキラ「……昨日までですけど」

ミズタニ「ええっ!」

エミ「アキラちゃん、ホストさんなの!?」

アキラ「昨日までね」

アサノ「エミちゃん、「ホストさん」はないでしょ。はーあ、これがホスト。いいなあ、儲かる んでしょう」

アキラ「ええ、まあ。人によりますけど」

ミズタニ「ホストって…じょ・女性…ですよね…?」

アキラ「(ジャケットの前を開けて)触ってみます?」

ミズタニ「な、何言ってんですか!」

アサノ「お、じゃあ失礼して……」


エミ、アサノをトレイで殴る


エミ「アキラちゃんに何すんの!」

アキラ「(ジャケットを直す)普通冗談だよね、こういうの」

アサノ「自分から言ったクセに……」

エミ「(イスに座る)でも驚いたあ。急に帰って来るんだもん」

アキラ「母さんは?」

エミ「町内会の集まりなの。どうせただのお茶会だと思うんだけど、電話くれたらよかっ たのに」

アキラ「父さんも一緒?」

エミ「えっ……」

アキラ「エミ?」

ミズタニ「……あの、親父さんは、亡くなりましたけど……」

アキラ「……」

エミ「お酒に酔って、駅のホームから落ちて、それで……」

アキラ「……いつ……?」

エミ「もう一年経ったよ。去年の、六月一日……アキラちゃんは連絡先が分からなかっ たから……」

アキラ「……そうか……じゃあ、店は母さんと兄貴で?」

エミ「え、あー……母さんと、あたし……かな」

アキラ「……兄貴は?」

エミ「兄さんは……」


セイシロウ、上手より登場
手には女の子の人形を抱えている


セイシロウ「エミちゃ、ゴハン。ゴハン欲しいって、アオバが泣いちゃうよ」

エミ「兄さん!」

セイシロウ「ゴ・ハ・ン。ゴ・ハ・ン。アオバと僕のゴ・ハ・ン」

エミ「(駆け寄る)兄さん、ごめんね。すぐ作るからね」

セイシロウ「オイシーのにしてね、オイシーの。昨日と、おとといのは、「大変よく出来ま した」だったですっ!」

エミ「ありがと。兄さんが大好きなコロッケとハンバーグだったもんね」

アサノ「作ったのはミツコさんでしょ?」

エミ「だったら、何?」

アサノ「いや、別に」

セイシロウ「でもでも、今日の朝のは「もっともっと、ガンバリましょう」でした!」

エミ「……どうせ今朝はあたしが作ったわよ」

アキラ「兄貴……?」

エミ「あ、兄さん、アキラちゃんが戻って来てくれたの。分かる? アキラちゃん(アキラ の前に連れて行く)」

セイシロウ「ア・キ・ラ?」

アキラ「……」

セイシロウ「(アキラを見つめる)……」

エミ「兄さん、分かる?」

セイシロウ「……エミちゃのおミソ汁は、おじゃがが半生っ!」

エミ「ええ?」

セイシロウ「半生っ、半生っ、半生っ!」

エミ「兄さん!?」

セイシロウ「おじゃがが半生っ、しゃっくしゃくー。お魚は〜、真っ黒クロスケ出ておいで ー! アオバも頭がガン・ガン・ガン!(アオバの頭をカウンターにぶつける)」

エミ「兄さん、落ち着いて! どうしたのよ! 止めて、止めなさいってば!」

セイシロウ「わあああああ、アオバ、アオバ、エミちゃが怒ったよ。おじゃが半生で出さ れた僕より怒ってるよ!」

エミ「だからそれはごめんなさいってば! 落ち着いてよ、兄さん! ゴハンね、ゴハン にしよ、ね。」

セイシロウ「待つのはやだよ。すぐ? すぐ? すぐ?」

エミ「うん、すぐよ。奥に行って兄さんの席に座っててね」

セイシロウ「はーいっ! アオバ、行こっ。エミちゃの得意はゆで卵♪ 温泉卵♪ 目玉 焼き……はぐっしゃぐしゃ〜」

エミ「悪かったわねぇぇぇぇ〜っ(手元にある布巾を投げる)……しょうがないなあ、ちょ っと奥に行ってくるね。あ、アキラちゃん」

アキラ「……?」

エミ「帰ってきてくれたんだよね? また出て行ったりしないよね」

アキラ「……それは、母さんと話してみないと。出てけって言われたらどうしようかな」

エミ「母さんが反対するわけないよ。ニュースで身元不明の死体が河に浮かんだら、ア キラちゃんかもしれないって、いっつもすっごい心配してたんだから! 荷物、アキラち ゃんの部屋に入れとくねっ。そのまんまにしてあるんだよっ」


エミ、アキラのバッグを持って上手へ退場


アキラ「……俺はどこで何してると思われてたんだ?」

ミズタニそう言えば先週、東京湾でバラバラ死体が浮かんだときも「アキラだったらどう しよう」って言ってましたよ!」

アキラ「……(ミズタニを睨む)」

ミズタニ「し、心配してたって話ですよう」

アサノ「それにしても何で急に帰ってきたんです。三年も音沙汰なしだったのに」

アキラ「……父さんに……」

ミズタニ「え?」

アキラ「父さんに呼ばれた気がしたから」

ミズタニ「呼ばれた?」

アキラ「そんな気がしただけだ」

アサノ「……親父さんの事故のとき、あの兄貴も一緒にいてさ。親父さんの遺体、酷い もんだったらしいよ。ホームに落ちたときにちょうど電車が入ってきてスプラッタのグシ ャグシャでさ。間近で見た兄貴はエミちゃんが病院に駆けつけたときには錯乱状態だ ったって」

アキラ「……(沈黙)」

ミズタニ「……あの、今頃何しに帰ってきたんですか」

アサノ「ミズタニ」

ミズタニ「大変だったんです、エミちゃんもおカミさんも。エミちゃん、ショックで口がきけ なくなるんじゃないかってくらい落ち込んで、でもお兄さんがああなったらエミちゃんが 頑張るしかないって。そんなときにあなた何してたんです? 金持ちのババア騙してい い酒飲んでたんだろ!」

アサノ「ミズタニ」

ミズタニ「だってそうだろ、今更ノコノコ帰ってきて……!」

アキラ「……(席を立つ)」

ミズタニ「な・何だよ、やるか!」

アサノ「よせって!」

アキラ「……(奥に行こうとする)」

ミズタニ「勝手に入んなよ!」

アキラ「……俺のウチだ」


アキラ、上手へ退場


アサノ「落ち着けよ、お前が口出すような筋合いじゃないぞ」

ミズタニ「分かってるよ、分かってるけど……でも……」


下手より、ナナエ登場


ナナエ「こんにちは〜」

アサノ「……何だ、あんた」

ナナエ「あら? アキラくんは?」

アサノ「姉ちゃんなら奥だよ」

ナナエ「あら、そ(ムッとしながらも奥へ行こうとする)」

ミズタニ「ちょっ、ちょっと待てよ! 人んち勝手に入る気か、あんた」

ナナエ「何よ、触らないで」

アサノ「不法侵入だぞ」

ナナエ「失礼ね。あたしを誰だと思ってるの?」

アサノ「知らねえよ。あの姉ちゃんの知り合いだろ」

ナナエ「姉ちゃん?」

アサノ「何だよ」

ナナエ「さっきから聞いてたら、姉ちゃん、姉ちゃんって、失礼じゃない! アキラくんは あたしの彼氏なのよ」

ミズタニ「ええっ?」

アサノ「彼氏って……、あれ、女でしょ」

ナナエ「そういう問題じゃないの。あたしの彼氏のアキラくんなんだから、女呼ばわりは 迷惑なのよ」

アサノ「彼氏だあ?」

ナナエ「そうよ。世の中の男より断然カッコよくて、素敵だもの」

ミズタニ「……でも、女性、ですよね?」

アサノ「やっぱさっき触ってみるべきだったな」

ナナエ「触る!?  ちょっと、あんたたち、あたしのアキラくんに何かしたんじゃないで しょうね!」

ミズタニ「い、いえ、何も」

アサノ「おい、戻ってきたら確かめようぜ。どっちだとしても得した気分になれるよ」

ナナエ「あなた、今、何て言った?」

アサノ「うるさいなあ。こっちの話だよ」

ナナエ「聞き捨てならないわ(警察手帳を出す)強制わいせつで逮捕するわよ!」

ミズタニ「警察!?」

アサノ「本物か、それ?」

ナナエ「そうよ、正真正銘の警察手帳」

ミズタニ「警察手帳って黒いちっちゃいヤツでしょう。ニセモノなんじゃ……」

ナナエ「去年から変わったのよ。ほら顔写真だってちゃんと入ってるでしょう」


二人、手帳を奪って写真を見る。笑いをこらえる様子


ナナエ「何よ、その態度! 侮辱罪で逮捕するわよ」

ミズタニ「そんな無茶な」

アサノ「キョーレツだよな、これ見せられて笑うなって言われてもさ。寝起きでバンキン グ百回くらいしないとこうは写らないぜ」

ミズタニ「(バンキングで髪を乱す)……こ、こんな感じ?」

アサノ「そうそう!(笑い転げる)」

ナナエ「返しなさいよっ!」

アサノ「いいのかよ、警察官がホスト追っかけてて」

ナナエ「今は自由恋愛の時代だもの。ホストったって、たまたまアキラくんはホストだっ たけど、好きになった人がホストだっただけ。それにもうアキラくんはお店を辞めたんだ し、あたしたちに障害は何もないの……(陶酔)」

アサノ「……ダメだ、ヤバイわ」

ミズタニ「これで警察官かあ……」

アサノ「給料ドロボーだよなあ。こっちは朝昼晩必死でお得意様巡りしてるってのに」

ミズタニ「サボってんじゃん」

アサノ「うるせーよ」


アキラ、上手より登場


アキラ「ナナエさん?」

ナナエ「アキラくん!(駆け寄って、抱きつく)」

アキラ「どうしたの、仕事は?」

ナナエ「非番にして貰ったの、だってアキラくん急にお店やめちゃうんだもの」

アキラ「ごめん、ちょっと事情があって」

ナナエ「いいの、気にしないで。会いたかった……」

エミ「アキラちゃーん……(二人の抱擁シーンを見る)どわあっ!」

アキラ「あ、エミ。こちら……」

エミ「(二人を引き離す)何してんの、アキラちゃんっ!」

ナナエ「何、そのチンチクリンな女」

エミ「チンチクリン!?」

ナナエ「どこから見てもそうでしょう。ダッサイエプロンしちゃって。あなたみたいな娘が いくらアキラくんに夢中になったってねえ……」

アキラ「妹のエミ」

ナナエ「……」

エミ「……初めまして」

ナナエ「……妹さん!? いやあん、可愛い!」

アサノ「すげぇな」

ミズタニ「さっきはエミちゃんのことダサいとか言ったクセに」

ナナエ「(エミの手を取る)ごめんなさい。あたし、あなたに嫉妬したんだわ。だってこん なに純粋な目をしてるんですもの。あたしみたいな汚れた女には眩しすぎて……」

ミズタニ「汚れてんだ……」

ナナエ「物の例えよ」

アサノ「例えてねぇよ!」

エミ「チンチクリンって言いましたよね」

ナナエ「誰が?」

エミ「誰がって……」

ナナエ「よく見たらアキラくんにそっくりよね。この、この……(エミをクルクル回して全身 を見て、後ろを向かせる)この後頭部の角度」

エミ「んん〜〜〜〜っ」

ミズタニ「そんな無理やり褒めなくても……」

アキラ「へえ、初めてだな。そんなこと言われたの」

エミふざけないで下さい! (アキラに)苦し紛れに決まってるでしょ、どうせ似てないも ん!」


奥から大きな音とセイシロウの嬌声


ナナエ「なっ、何?」

エミ「あー、もう……またかあ」

アキラ「俺が行こうか」

エミ「ううん、大丈夫」


エミ、上手へ退場


アサノ「とにかく、一度座ろうぜ」


全員席に着く。ミズタニが人数分のグラスを持ってくる


ナナエ「ここ、アキラくんの家だったのね」

アサノ「あんた何しに来たんだよ」

ナナエ「アキラくんに会いによ、決まってるでしょう」

アキラ「ここ、何で分かったの」

ナナエ「アキラくん、マンション引き払っちゃったでしょ? お店のマネージャーに教えて 貰ったの」

アキラ「手帳、使ったね」

ナナエ「うん。ちょっとね、ちょっとよ。ねえ、見たい映画があるの。行きたいなーあ」

アキラ「……今日は、母さんと話があるから」

ナナエ「お母様と? 奥にいらっしゃるの?」

アキラ「今、出掛けてるんだ」

ナナエ「じゃあ映画見て、それから戻ってくればいいじゃない」

アキラ「……大事な話なんだ」

アサノ「姉ちゃん、あんまりしつこくすると大事な彼氏に嫌われちゃうぜ」


少しの間


ナナエ「……嫌いになる?」

アキラ「そんなことないよ」

ナナエ「本当にそう思ってる?」

アキラ「思ってるよ」

ナナエ「でも本当は、心の中では嫌いだと思ってない?」

アキラ「思ってない」

ナナエ「……アキラくんは、あたしを嫌いになったりしないよね」

アキラ「約束したでしょう?」

ナナエ「……ありがとう」


ナナエの携帯が鳴る


ナナエ「(急に変わる)もしもし? え? 何言ってんの、今日あたしは非番なの。嫌に 決まってるでしょ。知らないわよそんなの、いる人間で何とかしてよ。ええ? 近く? ち ょっと、何であんたがあたしの居場所を知ってるのよ! ああもう、分かったわよ、行き ゃいいんでしょ、行きゃあ! 向かいます!(電話を切り、受話器に向かって)こんのデ バガメハゲッ!」

アキラ「……ナナエさん?」

ナナエ「アキラく〜ん、ごめんなさい、お仕事に行かなきゃいけなくなっちゃったの。でも ね、現場がすぐ近くだし、終わったら戻ってくるから待ってて」

アキラ「うん」

ナナエ「本当に待っててね」

アキラ「うん、待ってるよ」

ナナエ「アキラくん、大好き! 行ってきまーす!」


ナナエ、下手へ退場


アサノ「……あの姉ちゃん、大丈夫か」

ミズタニ「変わり身の激しい人ですね」

アサノ「金のためとはいえ、あんなの相手にすんの、ホントは嫌なんじゃないの」

アキラ「(アサノを睨む)……」

アサノ「……何だよ、金のためなんだろ」

アキラ「彼女に余計なことは言うな」

アサノ「あん?」

アキラ「男のクセにくだらないおしゃべりばっかしてんじゃねえよ」

アサノ「何だと!」

ミズタニ「アサノ、止めろよ。お前が悪いよ」

アサノ「何で俺が悪いんだよ、ホントのことだろ。男でもないくせ男のカッコして女騙して 平気なんだぜ。普通じゃねえよ」

アキラ「俺は騙してない」

アサノ「そう思わないとやってらんねえだけだろうが」


アキラ、アサノの胸倉を掴む


ミズタニ「ちょっ……二人共落ち着いて! すいません、こいつ口が悪くって」

アサノ「ミズタニ、勝手に謝んじゃねぇよ、俺は悪くない」

ミズタニ「アサノ!」

アサノ「……放せよ。何だよ、殴るのかよ。殴ってみろよ」

アキラ「……(乱暴に手を放す)」

ミズタニ「すいません。あの、こいつ今日機嫌が悪くって、朝から課長に怒鳴られたらし いんですよ」

アサノ「(一人離れたところに座る)うるせえぞ、ミズタニ!」

ミズタニ「最近不況でしょう、コピー機もなかなか売れない世の中ですしねえ。ホストさ んが楽な商売に見えちゃうんですよ。そんな訳ないですよね、サービス業って大変です もんねえ」

アキラ「……コピー機、売ってるんですか」

ミズタニ「え、いや、それは彼の方で、俺は学習教材の販売をしています」

アサノ「そんな奴とナニ和んでんだよ。さっきはお前も怒ってただろうが」

ミズタニ「エミちゃんがあんなに喜んでるんだから、俺はそれでいいんだよ。ホストさん ってやっぱりお客様に膝ついたりするんですか? ほら、TVでよくやってるじゃないで すか(立て膝になる)「はじめまして」なんて言っちゃうんですよね?」

アキラ「……バカにしてます?」

ミズタニ「いっ、いや! そんなこと! すいません、本当にすいません!」


ミツコ、下手より登場


ミツコ「ただいま〜。おや、アサノさん、ミズタニさん、あんたたちまだいたの?」

ミズタニ「あっ、お帰りなさい」

ミツコ「(アキラを見る)こちら、ミズタニさんの会社の方? いらっしゃいませ。どうぞご ゆっくり……」

アキラ「(席を立つ)……久し振りだね、母さん」

ミツコ「…………アキラ……?」

アキラ「ただいま」

ミツコ「……ホントに、アキラなのかい」

アキラ「そうだよ」

ミツコ「あんたって子は急に帰ってきたりして……。ああ、アサノさん、ミズタニさん、こ れ、ウチのアキラ。前に話したことあったよねえ?」

ミズタニ「ええ、さっきエミちゃんに聞きました」

アサノ「良かったね、ミツコさん」

ミツコ「ホントによかったよ。あんたに話さなきゃいけないことがたくさんあってね。…… ああ、二人とも、悪いけど今日はもう終わりにするから」

ミズタニ「そうですね。水曜だし、そろそろ失礼しようと思ってたんです」

アサノ「ごちそうさんでした」

ミツコ「あ、ミズタニさん」

ミズタニ「はい?」

ミツコ「よかったらエミとお茶でも飲んで来てくれないかしら」

ミズタニ「ええ!? ぼ、僕ですか?」

ミツコ「ああ、忙しかったらアサノさんでもいいんだけど」

アサノ「ミツコさ〜ん、「でも」って言い方はないんじゃないの」

ミツコ「ごめん、ごめん。久し振りにアキラとゆっくり話したいからね」

アキラ「別にエミがいてもいいよ」

ミツコ「あたしが話しにくいこともあるんだよ」

ミズタニ「分かりました、僕にお任せ下さい! いやあ、光栄だなあ。お母さん公認でエ ミちゃんとデートだなんて」


上手よりエミ登場


エミ「あ、母さん、お帰り」

ミツコ「ただいま。セイシロウは?」

エミ「さっきご飯食べて、今は寝てる。兄さん酷いんだよ。今朝のお味噌汁のジャガイモ が半生だったってすっごい騒ぐんだもん」

ミツコ「それはお前が酷いけどね」

エミ「母さんまで〜」

ミツコ「ミズタニさん、エミのことお願いしますね」

エミ「?」

ミズタニ「……いい響きだ……。あの、も、もう一度お願いします」

ミツコ「……エミのこと、よろしく……」

ミズタニ「(アサノに)聞いたか? よろしくだぞ! お母さんから、直々に、エミちゃん を、エミちゃんをっ……」

エミ「どうしちゃったの?」

アサノ「人生最高の瞬間だな」

ミズタニ「エミちゃん、これから僕と映画を見に行こう!」

エミ「ええ? 何言ってんの、さっきダメって言ったでしょ」

ミツコ「エミ、付き合ってあげなよ」

エミ「だってせっかくアキラちゃんが帰ってきたのに……」

ミツコ「母さん、アキラと話があるんだよ」

エミ「あたしだってあるもん」

ミツコ「アキラにお父さんのことも全然話してないだろう? 母さんから話すから」

エミ「……はぁい。アキラちゃん、絶対に黙って帰ったりしないでね」

ミツコ「何言ってるんだ、帰って来たんだろう? お前」

アキラ「……うん。エミ、夜、ゆっくり話そ」

エミ「うんっ。(エプロンを外す)ミズタニさん、行こっか」

ミズタニ「あ、エミちゃん。そのままでいいの? 着替えとか……」

エミ「(自分の格好を見て)いいよ、これで。ミズタニさんだし」

アサノ「エミちゃん、もうちょっと男心ってもんをさあ……」

ミズタニ「いや、エミちゃんはどんな服を着てても素敵なんだから、ささ、行こう。それじ ゃ、お母さん、エミちゃんをお借りします」

エミ「何、「お母さん」って」

アサノ「予行演習、予行演習」

エミ「止めてよね、アサノさん! じゃ、行ってきまーす」

アサノ「んじゃ、また来ますわ」

ミズタニ「(やけに礼儀正しい)失礼します!」


アサノ、ミズタニ、エミ、下手へ退場
ミツコ、のれんを下げて、アキラの前に座る


ミツコ「全く、突然出て行ったと思ったら突然帰ってきて。連絡ぐらいするもんだよ」

アキラ「ごめん……大変だったみたいだね」

ミツコ「聞いたかい、父さんのこと」

アキラ「(頷く)」

ミツコ「全く、情けないよ。歩けなくなるまで酔っ払ったりしてさ」

アキラ「……父さん、前はそんなに飲んだりしなかったよね? もしかして俺が原因なん じゃないの?」

ミツコ「お前が出て行っても何も変わりゃしなかったよ。あの日だって機嫌よくセイシロ ウ連れて行ったんだし、お前のことは関係ないよ」

アキラ「本当に?」

ミツコ「当たり前だろう。やだね、この子は。ところでお前、今は何してるんだい」

アキラ「……昨日までホストやってた」

ミツコ「……あれは男の人がやる仕事だろ」

アキラ「ウチの店は女性がホストになって女性を接待するんだ。そういう店もあるんだ よ」

ミツコ「へえ……。どんな人が来るんだい? そういうとこって。女が好きな人が来る の?」

アキラ「中にはそういう人もいるけど」

ミツコ「(アキラをじろじろ見る)」

アキラ「……何?」

ミツコ「昔っから色気がないとは思ってたけど……お前、まさか女性が好きだったのか い」

アキラ「だったらどうする?」

ミツコ「……(呆れて)好きにすればいいさ。お前も子供じゃないしね」

アキラ「何だ、つまんない」

ミツコ「うん?」

アキラ「「そんな娘に育てた覚えはない」―ってのが定番じゃないの」

ミツコ「いいんじゃないか、似合ってるし、こうして見てみるとお前らしいよ」

アキラ「随分物分りがよくなったんだね。年なんじゃないの」

ミツコ「年も取るさ。お父さんが死んじゃったらね、肩の力がすーっと抜けたようになっ てね。あんなに元気だったのに、人ってな、あっけないもんだよ」

アキラ「何で兄さんと呑みに行ったりしたんだろ」

ミツコ「さあね。……初めてだよ、あんなのは。セイシロウには会ったかい?」

アキラ「……ああ」

ミツコ「可哀相に、あたしが病院に着いたときにはあの有様さ。呑みに行って何の話を したのかも全く分からなくってね」

アキラ「そう……」

ミツコ「……ああそうだ。アキラ、お前、毎月お金を振り込んでくれてたんだね」

アキラ「ああ……」

ミツコ「お父さんが死ぬまで、あたしは全然知らなかったんだよ。通帳を見たら毎月お 前の名前でお金が入ってて」

アキラ「勝手に出てったから、それくらいはね」

ミツコ「……バカだね、お前は。そのお金、振り込まれたらすぐに別の通帳に移されて たよ」

アキラ「別の?」

ミツコ「お父さん、お前の名義で通帳を作ってたんだ」

アキラ「え……」

ミツコ「お前が戻ってきたら返すつもりだったんだろうね」

アキラ「……使ってくれてよかったのに……」

ミツコ「それを聞いて安心したよ。あのね、少し使ったんだ。その……お父さんのお葬 式の費用が足りなくて、あ、でもそれはちゃんと返すから……」

アキラ「いいよ、返さなくて。役に立ったならよかった。……父さん、保険は入ってなかっ たの」

ミツコ「入ってたんだけど、それがねえ……」

アキラ「何かあった?」

ミツコ「保険会社がケチでね。難癖つけて保険金払ってくれないんだよ。裁判まで起こ されちゃってさ」

アキラ「裁判?」

ミツコ「保険屋の兄ちゃんがね、お父さんが自殺なんじゃないかって言うんだ。お酒もあ んまり呑んでなかったらしくて、セイシロウはああだろう? 夜も遅かったからちゃんと 見てた人はいないし、「当時の状況」ってヤツが分からないって」

アキラ「父さんが自殺する理由なんてあったの?」

ミツコ「……」

アキラ「母さん?」

ミツコ「……借金はしてたんだよ。でも、お店やってる人なら誰でも多少の借金なんてあ るもんだ。ウチは大繁盛と行かないまでも何とかやっていけてたし、お客の評判も悪く なかったし」

アキラ「女、とかは」

ミツコ「あんな堅物、どこ言ったって相手にされるもんか。ブスーっとしてるし、酒は呑め ないし、貧乏だし……。保険屋はやっきになってあれこれ探ってたみたいだけど、普段 呑みに行くこともなかったから結局何にも見つからなかったみたいだよ。当たり前だ よ。裁判したところで時間が掛かるだけで何にもならないけどさ、向こうがそれで納得し て払うもん払ってくれるってんならやらせときゃいいだろ」

アキラ「裁判って、テレビでやってるみたいにこういう……(身振り)枠のあるところに立 って、証言とかするの」

ミツコ「あんなこと母さんに出来るもんか。母さんもね、最初は恐い裁判官がいるのか と思ったけど、そういうのは人殺しとか強盗とか、悪い事した人がやるんだよ。ウチの 場合は弁護士さんが全部やってくれるんだ」

アキラ「弁護士?」

ミツコ「そう、奥山クリーニングの奥さんの妹の旦那さんの弟が弁護士さんでね、紹介 してくれたんだよ」

アキラ「奥山さんの……え?」

ミツコ「だから奥山クリーニングの奥さんの妹の旦那さんの弟だよ」

アキラ「ええと……要するに奥山さんの紹介ってこと」

ミツコ「いや、紹介してくれたのはキムラさん」

アキラ「ああ?」

ミツコ「「奥山クリーニング」は代々の屋号だから、あそこんち、本当はキムラさんなん だよ」

アキラ「知るか、そんなこと! それで? 何て言う弁護士なの?」

ミツコ「弁護士さんはカワハラ先生。でも事務所は「うぐいす法律事務所」って言って… …」

アキラ「うぐいすはいい。カワハラ先生ね、覚えとくよ」

ミツコ「でもカワハラ先生、顔が母さんの同級生のナカモトくんにそっくりでね。ついつい 「ナカモトくん」って言っちゃうんだよねえ」

アキラ「これ以上関係のない名前を増やすな! 分かんなくなるだろ」

ミツコ「そんな怒んなくたっていいだろ。すごいんだよ、弁護士さんって。母さん裁判所 行かなくてもいいんだよ。全部やってくれるんだよ」

アキラ「お金……掛かるんじゃないの」

ミツコ「ああ、だからね、お前が振り込んでくれたお金もちょっと借りて、裁判が終わっ て保険金が下りたら先生にもお前にも払えるからさ」

アキラ「俺の方はいいよ。それより、父さん……本当に自殺じゃないんだよね?」

ミツコ「そんな理由がどこにあるんだい。あんたは何にも心配しなくていいんだよ。おっ と、母さん、そろそろ出かけないと(上手に鞄を取りに行く)」

アキラ「えっ……今帰ってきたばっかりなのに? どこ行くんだよ。店はどうするの?」

ミツコ「(鞄を持って出てくる)最近水曜は夕方には締めてるんだよ。昼の定食が終わっ たら町内会の会合と、フラメンコ教室に行っててね」

アキラ「フラメンコぉ?」

ミツコ「身体動かすってのはいいねえ、キムラさんが誘ってくれたんだよ。いつまでもお 仏壇の前で父さんのこと考えてるよりも、どうせならお父さんがいた時には出来なかっ たことをした方がいいってね(上手へ荷物を取りに行く)」

アキラ「そう言えば父さん、母さんが出歩くのうるさかったもんな。前に母さんがクラス会 行きたいって言っても全然聞かなくってさ、ケンカしてたよね」

ミツコ「そうだよ、たまには母さんも友達と出掛けたいのに、父さんのせいでどっこも行 けなかったんだよ。」

アキラ「そうだね、いいんじゃない。母さんが楽しいなら」

ミツコ「それにお客さんが減っちゃったから、結構ヒマなんだよ。味も落ちたしねえ」

アキラ「父さんのコロッケ、美味かったからね」

ミツコ「何とかあの味に近づけようとしてるんだけど……。あの味を覚えてるのは父さん の手だけだよ」

アキラ「え、作り方とか……」

ミツコ「帳面でも付けてくれてたら助かったんだけどね。全く無精な人だよ。お前は部屋 でゆっくりしてな、じゃ、行ってくるね」


ミツコ、下手へ退場


アキラ「……どういうことだ……?」



後半へGO!


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