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6.風見鶏【エマ・ナオ・ノブオ・マサヤ】 オフィス。 マサヤ、ぐったりした様子。 ノブオが大きな風見鶏を持ってくる。 自分のデスクに置いてご満悦。 マサヤはノーリアクション。 ノブオ、風見鶏を手に徐々にマサヤに近づく。 ノブオ「瑞江君、元気が無いねぇ」 マサヤ「生きる気力を吸い取られました」 ノブオ「そりゃ大変だ。何で?」 マサヤ「え?」 ノブオ「何で吸われたの」 マサヤ「道具?」 ノブオ「どんな機械で吸われたの」 マサヤ「機械って言うか、圧力って言うか……」 ノブオ「圧力?(興味深々)」 マサヤ「もういいです。気にしないで下さい」 ノブオ、一旦気にしない振りをするが、振り向いて。 ノブオ「……夜寝られなくなったらどうしよう」 マサヤ「そんなこと言われたら、僕の方が眠れなくなりますよ!」 ノブオ「お、勝負する?」 マサヤ「しません。僕は寝ます」 ノブオ「嘘つきだなぁ」 マサヤ「こんな人ばっかりだ!」 ノブオ「(わざとらしく)……おんやぁ?」 マサヤ「今度は何ですか」 ノブオ「いや、風が……」 マサヤ「風?」 ノブオ「へぃっくしょん!」 マサヤ「……そっちですか」 ノブオ「いやいや、風がね。(マサヤの机に風見鶏を置いて、吹く)……ほぉら」 マサヤ「今、自分でやりましたよね。さっきから気になってたんですけど、何ですか、これ」 ノブオ「風見鶏だよ。知らないかね?」 マサヤ「知ってますよ。風見鶏が何で僕の机に置かれるんです。邪魔じゃないですか」 ノブオ「邪魔? これが? ……あああ(崩れ落ちる)」 マサヤ「え、部長?」 ノブオ「これはね、ただの風見鶏じゃないんだよ。特別なんです」 マサヤ「特別?」 ノブオ「思い出の品と言うか……。娘のカタミでね」 マサヤ「え、部長の娘さんって……」 ノブオ「先月、ね……。あああ……」 マサヤ「あ、いいです、無理に言わなくても。そうですか、思い出の……」 ノブオ「(風見鶏を吹く)ふーっ。ははっ、こうしてるとあの子の笑顔が浮かぶねぇ。君はどうだい?」 マサヤ「いや、僕は知らないので……」 ノブオ「風見鶏を?」 マサヤ「娘さんをですよ!」 ノブオ「あ、そっち」 マサヤ「そっちしかないでしょう(風見鶏を避けようとして書類を落とす)……ああっ!」 ノブオ「ほらほら、風のいたずらだ」 マサヤ「(書類を集めながら)……楽しそうですね」 ノブオ「いいえぇ」 マサヤ「そう見えますよ」 ノブオ「目に見えるものが全てだと思ってはいけないよ。……ふふっ」 マサヤ「あ、笑った」 ノブオ「うん?」 マサヤ「笑ったでしょう、今」 ノブオ「私が?」 マサヤ「何、『そんなバカな』って顔してるんですか。笑いましたよ。何がおかしいんですか」 ノブオ「何が。何がって……、(マサヤに)何が?」 マサヤ「聞いてるのは僕の方です」 ノブオ「おやおや」 マサヤ「(ため息)全く、話にならないですよ」 ノブオ「失礼だなあ」 マサヤ「失礼なのは部長ですよ、笑ったクセに」 ノブオ「何を?」 マサヤ「僕をですよ!」 ノブオ「ええ? 笑われた? そりゃ酷い。――で、誰に?」 マサヤ「誰でしょうねえ!?」 ノブオ「いかんよ、泣き寝入りは。さあ、今こそ勇気を持って告発するんだ。君を陥れようとしているのは誰だ。本当の賞味期限はいつなんだ。赤福はいつ食べるのが美味いんだ!」 マサヤ「あんたバカでしょう!?」 ノブオ「あ、言ったね」 マサヤ「え」 ノブオ「今、上司の私に『バカ』って言ったね」 マサヤ「いや、それは部長が先に……」 ノブオ「責任転嫁は止しなさい。この耳がドカンと聞きましたよ。言ったでしょう? 言いましたね?」 マサヤ「え、あ、まあ、はい……。擬音、おかしいですけど」 ノブオ「なんて嘆かわしい事なんだ! 君がそんな人間だったとは。あんなに目を掛けてやったのに今になってこの仕打ち。今になって『バカ』だなんて……。ああ下剋上」 マサヤ「ちょっと、何もそこまで……」 ナオとエマが入ってくる。 ナオ「何騒いでんですか? 外まで聞こえますよぉ」 エマ「何だか楽しそうですけど」 ノブオ「おお、松田君。さっきはおつかいすまなかったねぇ」 ナオ「全然オッケーです。どうでした? あの大福」 ノブオ「いやぁ美味しかったよぉ。先方さんもよろこんでねぇ。どこのだい? あれ」 ナオ「あー、どこだろ。親切な人に貰ったんですよね。公園行ったらまた会えるかな」 ノブオ「公園で貰ったの?」 マサヤ「え、それお客さんに出したの?」 ナオ「ええ」 マサヤ「マズくない?」 ナオ「美味しかったんでしょ?」 ノブオ「美味しかったよ」 ナオ「(マサヤに)だって」 マサヤ「美味しいからって、どこの何だか分からないものを……」 ナオ「だーいじょうぶですよぉ。良さ気な人でしたもん。ちょっとキモかっただけで」 エマ「どっち方面に?」 ナオ「(上手を指して)あっちかな」 エマ「ああ(微笑む)」 マサヤとノブオ、ナオの指した先を見るが、分からない。 エマ「部長も召し上がりました?」 ノブオ「ああ、美味しくいただいたよ」 エマ「(マサヤに)異常ないみたいよ」 マサヤ「乱暴な確かめ方ですね」 エマ「実地が一番間違いないでしょう? それで、何を騒いでたの?」 マサヤ「あ、そうだ。エマさん、助けて下さいよ」 エマ「助ける?」 マサヤ「部長が絡むんですよ」 エマ「まあ」 ノブオ「か、絡んでなどいない、嘆いてるんだ。瑞江君が私を、『バカ』って言ったんだよ」 エマ「中らずとも遠からず……」 ノブオ「え?」 エマ「いえ。それは酷いですね」 ノブオ「だろう?」 マサヤ「(ナオに)今の聞こえてないの?」 ナオ「あ、これ(風見鶏)まだあったんですか? 部長が作ったんですよね?」 マサヤ「あ、あれ?(無視?)」 ノブオ「そうだよ、(吹く)ほぉら、癒されるだろう?」 マサヤ「せめて他のところに置いて下さいよ」 ノブオ「でも彼女がここがいいって言うから」 マサヤ「彼女?」 ナオ「メスなんですか?」 ノブオ「ま、その体《てい》で。(マサヤに)いよっ、女殺し」 マサヤ「全然嬉しくないです」 ナオ「殺しちゃダメでしょう」 エマ「風見鶏には魔除けの意味もあるのよ」 ノブオ「おお、さすが渋沢君。分かっただろう、瑞江君。私は君のことを深く心に留めているからこそ、この場所に彼女を……」 マサヤ「完全に後付けですよね」 ナオ「邪魔ですよ、そんなとこにあったら」 ノブオ「邪魔!? ……よろり」 マサヤ「わざわざ口に出さなくても」 エマ「あてつけがましいな」 ノブオ「え?(聞こえてない)」 エマ「(笑顔で)大丈夫ですか?」 マサヤ「(ノブオに)都合のいい耳ですねぇ!」 ナオ「でも、魔除けにしたっていらないんじゃないですかぁ」 ノブオ「……(しょんぼり)」 マサヤ「いやでもね、ナオちゃん。これは」 ノブオ「(遮って)いや、いいんだ。そうだな、人によっては、いらないよね……」 エマ「誰にとってもいらない……」 ノブオ「え?」 エマ「(笑顔で)――なんて酷いわ、マサヤ君」 マサヤ「飛び火!?」 ナオ「ね、捨てましょ、これ。捨てちゃいましょう、思い切って」 ノブオ「う、うん……」 マサヤ「ナオちゃん、ナオちゃん!(ナオを引っ張り、小声で)あれ、娘さんの形見なんだよ」 ナオ「娘さん? 誰の」 マサヤ「部長に決まってんじゃん。俺たちには何でもなくっても、部長にとっては大切な思い出の品なんだからさ、そこはちょっと大人になって……」 ナオ「部長! 今朝、会社の前まで娘さんと一緒に来てましたよね」 マサヤ「ええっ!」 ノブオ「うん?」 ナオ「駅から一緒だったの、見ましたよ」 ノブオ「そうだったかなあ」 ナオ「(マサヤに)部長の娘さんて、この先の歯医者で衛生士やってんの。(ノブオに)先月結婚したんじゃありませんでしたっけ?」 ノブオ「はっはぁ、松田君はよく知ってるな。私のスリーサイズまで知ってるんじゃないか」 ナオ「そんなの知る訳ないじゃないですかぁ。エマさんのとかは分かるけど」 ノブオ「ふおっ!!(鼻を押さえる)」 マサヤ「ぶ、部長!(駆け寄る)」 ナオ「やーだ、部長、やらしーい」 エマ「ナオちゃん」 ナオ「はぁい」 マサヤ「で、出ました?」 ノブオ「………………。(恐る恐る手を放して)なぁんちゃって」 ナオ「もう。そういう冗談、趣味悪いですよ」 ノブオ「うん? ちょい悪?」 ナオ「意味違うなあー」 ノブオ「彼、何でも信じるんだよね、つい」 マサヤ「『つい』じゃないですよ! じゃあ『娘さんの形見』って」 ノブオ「……娘のところで『肩身』が狭かった風見鶏でねぇ……」 ナオ「うん、嘘じゃない」 マサヤ「ナオちゃ〜ん」 ナオ「要するに、結婚祝いで贈ったけど『いらない』って突っ返されたんだ!」 ノブオ「そうとも言えるね」 マサヤ「ややこしい言い方は止めて下さいよ〜」 ナオ「じゃあ捨てますよ。ちょうど粗大ゴミ、明日だし」 ノブオ「ゴミだなんて! 大事な作品なんだよ。そうだ、松田君にあげよう。勤続2年のお祝いだ」 ナオ「(笑顔で)いりませーん」 ノブオ「じゃあ瑞江君の完治祝いに」 ナオ「病気だったの?」 ノブオ「イボ痔の手術が成功したんだよ」 エマ「それはめでたい」 マサヤ「患ってません! 待って下さいよ。みんなして僕に押し付けるつもりですか。エマさん、エマさんち、インテリアにどうです?」 エマ「……ウチに?」 エマ、微笑む。威圧されるマサヤ。 ナオ「いらないそうでーす」 マサヤ「やっぱり部長の家に置くのが一番いいですよ。僕、持って行きますから」 ノブオ「ううん、それはどうかなあ」 マサヤ「どうかなって何がです」 全員がノブオを見る。 ノブオ「だってね。……邪魔だよ」 暗転。 7.場合の事情【エマ・カイ・サクラ】 屋上。 座っているエマとカイ。 エマ「そう。愛されてる自信が持てないの」 カイ「ええ……」 エマ「タマキさん、クールだものね」 カイ「そこも魅力的なんですけど。何て言うか、タマキさんにとって自分は必要なのかな、とか考えちゃって」 エマ「それは私に聞かれても、ねぇ」 カイ「あの、会社で自分の話が出たりは……」 エマ「んー…………」 サクラ、下手より後ずさりで出てきて、バレーボールをレシーブ。 サクラ「出ないよ!」 サクラ、下手へ戻る。 それを見ている二人。 カイ「(エマに向き直る)何か言ってませんか。結婚して良かったあ、とか……」 エマ「そうねぇ……」 サクラ、また出てくる。 ボールをトス。 サクラ「全然ないねっ!」 サクラ、下手へ戻る。 エマ「……ですって」 カイ「はぁ……。(ため息)はあぁー」 エマ「そんなに心配することないんじゃないかしら。タマキさん、結婚してからも以前と何も変わりないし」 カイ「それはいいことなんでしょうか……」 エマ「生活が充実してるからこそ、いつも通りの彼女でいられるんじゃない? それはあなたにしか出来ないことでしょ」 カイ「あ、はぁ……。そう、かなぁ……(笑顔になる)」 サクラ、ボールを追って出てくる。 サクラ「やーだ、ちょっと! 変な方に飛ばさないでよぉ!」 サクラ、下手にボールを投げる。 そのまま二人の傍に座る。 サクラ「――で?」 カイ「ええ?」 サクラ「ええ、じゃないわよ。そもそもあんたみたいな風体の男と結婚するくらいだもの。彼女が変わりモンだってことくらい、最初から分かってたんでしょうに」 カイ「聞いてたんですか?」 サクラ「聞こえたのよ」 カイ「(下手を指差して)あそこから!?」 エマ「サクラさん、ちょっと特別だから」 カイ「特別?」 エマ「ええ、能力が高いんです。いろいろと」 サクラ「やだ、エマさんたら」 エマ「たまに思うんですよ。まるで人類じゃないみたい」 サクラ「そんな、褒めすぎよぉ〜〜〜」 カイ「(エマを見て)あ、この人怖い人だ」 エマ「でも、タマキさんは幸せね。こんなに心配してくれる旦那さまがいるんだもの」 サクラ「そうよそうよ。あたしなんて旦那自体いないんだもの」 カイ「あ、なんかすいません」 サクラ「やっだ、謝らないでよ。惨めになるでしょお。……なってきた……」 カイ「あああ! いや、そんな! 結婚だけが人生じゃないですし! 結婚したから幸せになるってもんでもないですし! 現に見て下さい、俺だって……。俺、幸せなのかなあ……」 エマ「あらあら」 下手からボールが転がってくる。 エマ、ボールを取り上げ、下手にはける。 エマ(OFF)「いーい、行くわよぉ」 サクラ「人生ってさあ……」 カイ「無常ですねぇ……」 二人「はああー…………」 暗転。 8.解釈万来【全員集合】 オフィス。 マリ、コウ、エマ、地面に這いつくばっている。 入ってくるマサヤ。 マサヤ「おわっ! え、みんな何してんですか?」 エマ「マリさんが落としちゃったの、目」 マサヤ「め……、え、目?」 マリ「油断してて、ポロっとね」 コウ「この間もやりましたよね、もう。油断しないで下さいよ」 マリ「ごめんごめん」 マサヤ「(怖々と)……マリさん、落ちるんすか、目」 マリ「たまにね〜」 マサヤ「軽いなぁ〜」 コウ「(マサヤに)おう、お前も探せよ」 マサヤ「ええ〜」 コウ「ないと困るだろ」 エマ「そうよ。まっすぐ歩くのも大変なんだから」 マサヤ「そりゃあそうでしょうけど……。ちなみに右と左のどっちですか」 マリ「両方」 マサヤ「両方!?」 エマ「マサヤ君、うるさい」 マサヤ「だって、両方って、無理でしょ!」 マリ「いや、だってさ……(振り向こうとする)」 マサヤ「や、こっち向かないで貰えます!?」 マリ「何で? (エマに)変?」 エマ「いいえ」 コウ「(マリを覗き込んで)普通っすよ」 マサヤ「あんたたちおかしいよ!」 コウ「うるさいな。おかしいのはお前だろ」 エマ「(マリに)別に全然変じゃないですよ」 マリ「ホントに? マサヤ君が変な反応するから」 コウ「こいつは大げさなんすよ」 マサヤ「おかしい、おかしい。だって普通……」 エマ「マサヤ君、ストップ!」 全員静止。 エマ、そろりと歩いてマサヤの足元にひざまずく。 マサヤ「エ、エマさん?」 エマ「マリさん、ありました。コンタクトレンズ」 マリ「ホント!?」 マリ、エマに駆け寄る。 マサヤ、呆然。 マリ「よかった、ありがとう〜〜〜」 コウ「んじゃ、あともう片方っすね」 マリ「あれ? あ、ちょい待ち」 マリ、コンタクトを二つに分ける。 マリ「……くっついてた」 コウ「マジっすか」 エマ「あら」 マリ「よかったぁ。こないだ替えたばっかりなのよ。レンズ交換はいくらでもしてくれるんだけど、破損とか紛失したらまたお金払わなきゃいけなくって、無くしたらどーしよーかと思った」 コウ「早く洗ってきた方がいいんじゃないですか」 マリ「おっ、いいこと言うね。行ってくる」 出て行くマリ。 マサヤ「……コンタクト?」 エマ「そうよ」 コウ「他に何があんの」 マサヤ「だって、『目』って言ったじゃないすか!」 エマ「ホントに目が落ちたと思ったの?」 コウ「落ちねぇだろ、目は」 エマ「落ちないよね」 マサヤ「そうですよ、落ちませんよ! だから俺、変だなって」 コウ「そりゃ変だわ」 エマ「そうね」 コウ「バカだな」 エマ「バカね」 マサヤ「うわ、やられた。引っ掛けだ」 コウ「引っ掛けてねぇし」 エマ「(冷静に)ホントに目が落ちたら、悠長に探してる場合じゃないと思う」 コウ「だよ」 マサヤ「だから俺はそう言ったでしょ!」 エマ「その割には対処がお粗末だったわ。救急車を呼ぶでもなし」 コウ「なぁ」 マサヤ「だって二人があんまり冷静だから、落ちる人もいるのかなって」 コウ「思わねぇよ」 エマ「(片手を挙げて)思わない方に栗庵風味堂の栗かの子・大ひと箱」 マサヤ「賭けませんよ、俺は」 エマ「それは残念」 コウ「何? 栗庵風味堂って」 エマ「長野にある和菓子屋さん」 コウ「長野?」 エマ「ええ。栗がごろんって入ってて、とっても美味しいの」 マサヤ「エマさん、長野までお菓子に買いに行ってるんすか?」 エマ「いいえ。差し入れでいただくの」 マサヤ「ああ(納得)」 コウ「いよっ、歩く『がばいばあちゃん』」 マサヤ「なんすか、それ」 コウ「足元に磁石が付いててさ、歩くと金属がジャラジャラ付いてくんだよ。エマさんの後ろに列を成す男たちみたいにジャラジャラと……」 エマ「『歩く』ってつけなくても、がばいばあちゃんは元々歩くんじゃない?」 コウ「あ、そっか」 エマ「あまり嬉しい例えじゃないけど」 マサヤ「みんなわざわざ長野まで貢ぎ物買いに行ってんだ……(合掌)」 コウ「報われないよなぁ。どうせ相手にされないのに」 エマ「あら、すべて美味しくいただいてるわ」 サクラ、入ってくる。 サクラ「さー、午後も頑張って働きますよぉ。おっ、みんな集まってどうしたの? 何か楽しい話?」 マサヤ「俺が虐められてるんです」 サクラ「それは愉快だ。あたしも参加!」 マサヤ「サクラさんまで、もぉ」 エマ「サクラさん、さっきマリさんがね、目、落としちゃったんですよ」 サクラ「あらま大変。見つかったの?」 エマ「ええ、今、洗いに行ってます」 サクラ「あ、そお。よかったね。コンタクトって高いんでしょ?」 マサヤ「通じた!」 サクラ「うん?」 エマ「(マサヤに)これが普通の反応」 マサヤ「サクラさんはサンプルとしてどうなんでしょう」 エマ「珍しく的確な指摘ね」 コウ「まず、言った度胸を褒めてやりたいな」 エマ「褒められたじゃない」 マサヤ「(疑わしげに)どうかなぁ」 サクラ「ちょっといいかな。何か嫌味を言われている気配を感じる」 エマ「気のせいです」 サクラ「ならいいや」 マサヤ「簡単っすね」 コウ「サクラさん。頭、切りました?」 マサヤ「ええっ!!」 サクラ「あ、分かるぅ? ちょっと伸びて来たからぁ、毛先整えて貰ったんだぁ。近所に出来たサロンの男の子が可愛くてぇ」 コウ「(エマに)サロン、サロンっていいましたよ、今」 マサヤ「卒業したんですかね、QB」 エマ「素敵男子を見るためなら少々の出費は厭わないのよ」 マサヤ「大人だなぁ」 コウ「おい、あれを見ろ」 サクラ「リスみたいに目がクリンとしてるの。こんなよ、こんな。ううん、もっともっと〜〜〜(目を見開く)」 マサヤ「新作ホラーみたいだ」 コウ「あれが大人か?」 マサヤ「勘違いでした。サクラさんだったら本当に目が落ちたかもしれませんね」 コウ「異議なし」 エマ「マサヤ君、単純なんだから」 マサヤ「え? ああ、頭切るって、髪のこと」 エマ「純粋なのかしら」 コウ「ていうか、バカ?」 エマ「はっきり言っちゃうとね」 サクラ「ん? 何の話?」 ノブオ、ナオ、入ってくる。 ナオ「部長、ご馳走さまでしたぁ」 ノブオ「いやいや、さっきは突然お使いなんか頼んじゃったからね。これぐらいお安いものだよ」 ナオ「今日のあたし、チョーラッキーです。あんなオシャレなお店、普段は行けませんもん。ケーキもチョー・オトナ・テイストだったし。やっぱり部長さんともなると、行くお店もワンランク違うって言うかぁ」 ノブオ「いやいやいや……」 ナオ「ホント美味しかったです。普通に!」 ノブオ「――うん?」 ナオ「ですから、普通に美味しかったです。また誘って下さい」 ナオ、礼。みんなの元へ。 ノブオ「……普通なの? 美味かったの? チョー美味しいって、ああ、あれかな。(ギャルの真似)『これヤッバイ!』ってヤツか……?」 マサヤ「部長、部長。サクラさんね、頭切ったんですよ」 ノブオ「えええっ! た、大変じゃないか。救急箱は……、あ、それとも救急車? 出血は? 意識はあるのか!?」 マサヤ「(みんなに)ほらほらほらぁ〜〜〜!」 サクラ「ああ、もう。ノブオさんは」 ノブオ「ん、あれ、サクラ君? 何だ、なんともないじゃないか」 ナオ「やだなあ、部長。サクラさんは、髪を切ったんですよ」 ノブオ「髪? ああ、そうか。ははは、サクラ君、中々ヤバいじゃないか」 サクラ「ああん?」 ノブオ「いや、間違った。無事でなにより。それに似合ってるじゃないか」 サクラ「そう? ならいいけど〜」 ナオ「部長、ギャル語使うんだー」 ノブオ「そりゃあね、上司たるもの、松田君たちのような若者の文化も知っておかないと」 ナオ「ええー、あたし、ギャル語はとっくに卒業してますよぉ」 マサヤ「ほらね、俺だけが特例じゃないでしょ」 コウ「でも五対二だぞ」 ナオ「五?」 コウ「マリさんはこっちだろ」 ナオ「ですね」 エマ「タマキさんも間違えないと思うわ」 ナオ「あはは、ありえなーい」 コウ「てことは、六対二だ」 エマ「まさか二になるとはね。マサヤ君だけだと思ってたのに」 コウ「残念な結果だ」 エマ「残念ね」 ナオ「瑞江さん、残念なんですって」 マサヤ「聞こえてるよ!」 サクラ「ま、ややこしいのあるからねぇいろいろ」 ノブオ、何かを思い出したように、下手にはける。 マサヤ「サクラさんに勝ち誇られるの、納得いかないなぁ」 サクラ「ほっほっほっ」 マリ、入ってくる。 マリ「あれ? サクラさん、また、顔」 サクラ「ふふん、今はいいの。勝ち誇ってるから」 マサヤ「うわ、腹立つ!」 マリ「そうだ、マサヤ君。あたしの目は落ちないから、ご心配なく」 マサヤ「知ってますよ!」 コウ「何でも字面通りに考えるなって言ってんだよ。頭堅いぞ」 エマ「そうよ、臨機応変に、場合によって頭を切り替えなくちゃ」 ナオ「アンパンマンみたいに?」 サクラ「(真似る)ほら、これを食べて元気を出して!」 ナオ「ありがとう、アンパンマン!」 コウ「あれは切り替えてるんじゃなく、すげ替えてるの」 ナオ「でもそうですよね。耳タコだって、ホントに耳にタコが吸い付く訳じゃないし」 コウ「ナオちゃんは切り替え早いなー」 マサヤ「あれ? そのタコじゃないでしょ?」 ナオ「え? 他にタコなんてあります?」 マリ「そもそも『吸い付く』とは言わないわよ」 コウ「『耳にタコができる』だな」 マサヤ「ですよねぇ! びっくりした〜、俺が間違ってるのかと思った」 エマ「段々自分を信じられなくなって来たわね」 サクラ「最近の学校じゃ『耳にタコが吸い付く』って教えるの?」 ナオ「学校で教わったかなぁ。普通に『耳タコ』って言ってましたよ。同じこと何度も言われるとウザいから、タコが耳にフタしてくれる、みたいな。もー聞かないって意味で」 全員、想像する。 マサヤ「近いっちゃあ近いのかな」 エマ「遠いんじゃない?」 サクラ「そう言えば、『命くれない』を『命あーげない』って言うの、流行ったよね」 全員、複雑な表情。 サクラ「あれ?」 マリ「サクラさん、世代的にちょっと」 ナオ「全然分かんなーい」 コウ「俺でもギリっすよ」 ナオ「ギリって、どっち寄りです?」 コウ「小学生の頃、母親が歌ってたような記憶が無きにしも……」 ナオ「西野川さんもこっちでーす」 分かる組(サクラ・マリ)と分からない組(ナオ・マサヤ・コウ)が二手に分かれていく。 サクラ「エマさんは分かるよね?」 エマ「どうだったかしら」 サクラ「あ、知ってる。絶対知ってる」 マリ「サクラさん、そこは」 エマ「………………(サクラを見る)」 サクラ「そ、そうね。ちょっと古いか」 エマ、自主的に分からない組へ。 マサヤ「部長は分かるんじゃないすか」 見回すが、ノブオがいない。 カイ、入ってくる。 カイ「失礼しまーす」 コウ「あ」 ナオ「ああっ」 サクラ「あらま」 エマ「いらっしゃい」 マリ「誰?」 マサヤ「さあ」 カイ「これ、よかったらみなさんで(土産を差し出す)」 エマ「ご丁寧に」 サクラ「おっ、張り込んだね」 カイ「そんな、つまらないもので、お口に合うかどうか」 サクラ「苦しゅうない、苦しゅうない」 マサヤ「あの、こちらはどなたなんですか?」 カイ「あ、申し遅れました。私……」 ナオ「プリキュアと大福を愛する、公園に出没するキモい人でーす」 マリ「変態じゃない」 カイ「変態じゃない! だ、大福泥棒がどうしてここに!」 ナオ「泥棒してないじゃん。訴えるよ!」 カイ「絶対俺が勝てる〜(泣きそう)」 マリ「変態なんですか?」 サクラ「変わってはいるけどねぇ」 カイ「渋沢さ〜ん」 エマ「サクラさん、からかっては気の毒よ。お土産までいただいたのに」 サクラ「だってこの人、からかい甲斐があるんだもの〜」 コウ「女性には随分腰が低いんですね」 カイ「お、青年! 元気にやってるか? 君のために、新製品のサンプルを持ってきたぞう! ほら、サンプル! こんなに、サンプル! さっき欲しいって言ってたろう、サンプル!」 コウ「はあ、まあ言いましたけど……」 ナオ「西野川さん、せこっ」 コウ「こんなにくれなんて言ってないよ」 マサヤ「出入りの業者さんですか?」 カイ「いえいえ、僕はですね……」 ノブオ、上半身ランニング。手にヤカンを持って現れる。 ノブオ「やあやあ! 私だって、へそで茶が沸いちゃうぞう!」 全員、呆然。 ノブオ、全員を見渡し、カイに気付く。 カイ「……九鬼部長、どうされました?」 ノブオ「あ、いやこれはね、違うんだよ! 何ていうか、その……。あれ? もう終わったの?」 カイ「何が?」 ナオ「(手を叩いて)ウケる」 マサヤ「部長、すいません。その感じはつい先程……」 エマ「こちら、お預かりしますね(ヤカンを持つ)」 ノブオ「あ、そう……。は、ははは……。やあ柏木君、久し振りだねぇ」 カイ「いつもウチのがお世話になりまして……」 マサヤ「柏木?」 ナオ「ウチの?」 サクラ「(面白がっている)ってことはぁ?」 タマキ、入ってくる。 タマキ「――ただいま戻りました」 カイ「あ、タマキさん! おかえりなさい!」 タマキ「……どうしたの?」 カイ「うん、近くまで来たから、ちょっとタマキさんの顔見て行こうかなって」 マリ「あ、もしかして、タマキさんの?」 サクラ、コウ、頷く。 マリ「なるほど〜、……伊勢崎線」 タマキ「部長、その格好は?」 ノブオ「いやこれはね。話の流れって言うか、コミュニケーションの一環って言うか。東堂君の目が落ちて、大町さんの頭が切れてヤバくて、そしたらへそで茶が沸くかなって……」 カイ「一体何が起きたんです?」 タマキ「そうですか。分かりました」 マサヤ「分かったんですか!?」 タマキ「(手を叩いて)はい、みなさん、お仕事に戻って。いつまでも遊んでると、首が飛びますよ」 (ME)チョキン! 全員「……は〜〜〜い」 暗転。 9.パラグアイ【タマキ・ナオ】 外。 タマキが階段に座っている。 ナオが飲み物を持ってくる。 ナオ「お待たせしましたぁ。えーと、こっちがタマキさんのカフェオレでーす」 タマキ「ありがと」 ナオ、渡そうとして、手を引っ込める。 ナオ「あれ? こっちだっけ? や、でも先に貰ったのがこっちで、後から来たのがあたしので、でもあたしが右利きだから自分のは右手で持って……?」 タマキ「ナオちゃん?」 ナオ「ちょっと待って下さい。今、大事なとこなんで!」 タマキ「私、何でもいいけど」 ナオ「ダメです、そういう妥協!」 タマキ「はぁい」 ナオ、悩んでいる。タマキ、暇そう。 タマキ「……うっ(腹部を押さえる)」 ナオ「タマキさん?」 タマキ「う、あ、い、痛っ!(かがみ込む)」 ナオ「え、タマキさん? 大丈夫ですか!? 救急車呼びます?」 ナオ、飲み物を置いて携帯を出す。 タマキ、ナオの手を掴む。 ナオ「無理しないで下さい! お腹、痛いんでしょう?」 タマキ「は……、は……」 ナオ「はい?」 タマキ「……『腹具合』と『パラグアイ』って、似てない?」 ナオ「へっ?」 タマキ「似てるよね」 ナオ「まあ、一字違い、ですね……」 タマキ「ふふっ」 ナオ「えっ?」 タマキ「一字違い」 ナオ「そうですよ」 タマキ「面白いわ」 ナオ「やっぱタマキさんって、変」 タマキ「そうかな」 ナオ「変ですよぉ」 タマキ「で、私のカフェオレは?」 ナオ「あ」 ナオ、置いてあった飲み物を取る。 ナオ「しまった。どっちだ」 タマキ「あーあ」 ナオ「タマキさんが変なことするからですよ。もうちょっとだったのに」 タマキ「何が?」 ナオ「あーん、もうっ」 ナオ、両方を交互に飲む。 ナオ「うん、こっちがカフェオレです」 タマキ「(カップを見つめている)…………ありがとう」 ナオ「いーいお天気だぁ」 ナオ、座って飲みだす。 ナオ「タマキさん」 タマキ「なあに」 ナオ「タマキさんの旦那さんって、ちょっとキモいけど、いい人ですね」 タマキ「………………」 タマキ、僅かに微笑む。 タマキ「ナオちゃんは何にしたの?」 ナオ「カフェラテです」 タマキも座って自分のを飲む。 タマキ「どっちでも良かったなぁ……」 二人で飲む。 暗転。 |