たまトザ第1回公演
今日の天気もなにも知らない
作・演出 坂本みゆ
(後半)
【CAST】
慎太郎 /
篠原武
ひろみ /
斉藤和彦
真琴 /
田中美帆
琴音 /
壱智村小真
敦子 /
玉井亜子
キクゾー /
木村こてん
石川 /
飯島肇


照明、琴音の部屋に切替
琴音の部屋
スケッチブックに向かっている。キクゾーがドアを引っ掻く音

 
琴音「姉さんのところに行っててって言ったでしょう」

 
ドアを開けると、キクゾーと敦子


敦子「少し、いいかしら」

 
琴音、キクゾーを睨む


キクゾー「オ・オレは断ったぞ! ただ、意思の疎通はないけど…ほら、やっぱダメだっ てよ(敦子の服を引っ張る)」
 
敦子「キクゾーくん、私のこと、気に入ってくれたのかしら」
 
キクゾー「そうじゃねえっての!」
 
琴音「入れば」
 
キクゾー「えっ…」
 
敦子「ありがとう」
 
琴音「歓迎はしないけど」
 
キクゾー「…いいのかよ」
 
敦子「お邪魔します」

 
敦子、部屋を見回す


キクゾー「琴音。この人だよ、慎太郎さんの浮気相手」
 
琴音「…そんな人が何でうちに来てるのよ」
 
キクゾー「オレだってよく分かんないよ。なんか真琴と仲良くなってるし…」
 
琴音「姉さんと?」
 
キクゾー「誕生パーティやるんだって」
 
琴音「誰の?」
 
キクゾー「…(指差す)」
 
琴音「(溜息)」
 
敦子「ねえ」
 
琴音「…」
 
敦子「絵が好きなのね」
 
琴音「…用件は?」
 
敦子「パーティのお誘いよ」
 
琴音「…」
 
敦子「真琴さんが私のバースデーパーティーをしてくれるの」
 
琴音「…」
 
敦子「琴音さんも出て貰えないかしら」
 
琴音「嫌よ」
 
敦子「どうしても?」
 
琴音「祝う理由が無いもの」
 
敦子「じゃあ、お友達になりましょうよ」
 
琴音「そうじゃないわ」
 
敦子「…?」
 
琴音「(溜息)誕生日に『祝う』理由がないの」
 
敦子「…」
 
キクゾー「また、訳のわかんないこと…『誕生日おめでとう』って言うだろう」
 
琴音「何がめでたいのよ」
 
キクゾー「何がって…」
 
琴音『今日は自分が生れた日だなあ』って、自分で分かってればいいじゃない。人に知 らせる必要はない」
 
敦子「…私は祝って欲しいわ」
 
琴音「…それはあなたの勝手よ。別に止める気はないわ」
 
敦子「だってね。誕生日に「おめでとう」って言ってもらうと、『あなたは生きてていいんだ よ』って、1年間の許可を貰ったような気になれるの。そうやって1年1年、許されながら 生きていくの。だから誰も祝ってくれないと、『もういらないよ』って、そう言われてるんじ ゃないかって…」
 
琴音「だから今年は父さんに許してもらうの」
 
敦子「…真琴さんから何か聞いてる?」
 
琴音「姉さんから聞いたわけじゃないわ。その…(キクゾーを見る)偶然耳にしただけ」
 
敦子「そう」
 
琴音「あなた、生きるのに誰かの許可がいるの」
 
敦子「…」
 
琴音「あなたが生きたければ生きればいいし、嫌になったらやめればいいじゃない。そ うやって生きてることを人のせいにするのは卑怯よ」
 
敦子「…『やめる』ってどういうことか分かってる?」
 
琴音「誰かのせいにして生きてたってしょうがないでしょ」

 
まっすぐに敦子を見る


敦子「…じゃあ、ただここに閉じ籠もってるあなたは卑怯じゃないの」
 
琴音「…」
 
敦子「それとも私も閉じ籠もっちゃえばいいのかしら」
 
琴音「勝手にすれば」
 
敦子「ねえ、こんなところにずっといて、どうするの?」
 
琴音「別に」
 
敦子「家族とも全然会わないんでしょう?」
 
琴音「会いたくないもの」
 
敦子「でもさっき、下の階に下りてきたじゃない」
 
琴音「泥棒が入ったと思ったって言ったでしょう」
 
敦子「心配なんでしょう? 家のこと」
 
琴音「そんなんじゃないわ」
 
敦子「そうかなあ…結局あなたは家族のこと大切に思ってるのよ」
 
琴音「…分かったようなこと言わないで」
 
敦子「だってここに閉じこもってればあなたは安全なのよ? 泥棒が入ったって関係な いじゃない。でもあなたは下りてきたわ。心配だったんでしょう? 何かあったらって…」

 
琴音、敦子に画材道具を投げつける。息が荒い。
段々と呼吸を整え、敦子に背を向ける

 
琴音「出て行って」
 
敦子「…ごめんなさい」
 
琴音「出て行きなさいよ!(スケッチブックを振り上げる)」
 
キクゾー「琴音、やめろよ! (琴音の足につかまって制止する)」
 
琴音「放して! (キクゾーを振り払う)」
 
キクゾー「うわああっ! (転がる)」
 
敦子「キクちゃん!」
 
琴音「出て行けって言ってるの!」
 
キクゾー「…っ、痛ってえ」
 
敦子「(キクゾーを抱きしめて撫でる)大丈夫? 痛かったでしょう?」
 
キクゾー「痛いに決まってんだろ…ってえ! ああ、もう、むやみに触るなってば!  (敦子から逃げる)」
 
敦子「…家族の何がそんなに嫌なの?」
 
琴音「…」
 
敦子「言いたくない?」
 
琴音「…私、中学に入ってすぐ、クラスの女子から無視されるようになったの」
 
敦子「…」
 
琴音「…いじめなんて大したことじゃなかった、たかが2、3年我慢すればそれで終わる もの。そうでしょう?」
 
敦子「…」
 
琴音「普段から父さんは家のことには無関心だった。だから娘がイジメにあってるって 聞いたらどうするだろうと思ったの」
 
敦子「…」
 
琴音「父さんに聞かせたら途端に学校のせいだって! 学校の管理が悪いって! 自 分は話もロクにしないのよ? そのくせ母さんに「学校に抗議しなさい」なんて言い出し て、母さんはその時も笑ってた。見て見ぬ振りするクラスの奴らとおんなじ顔でね」
 
敦子「…さっき、あなたは私に卑怯だって言ったわね」
 
琴音「…」
 
敦子「否定はしないわ。だけど…そんな事ここで叫んだって、私にしか届かないのよ」
 
琴音「…」
 
敦子「今、慎太郎さん、パーティーの買出しに行ってくれてるの」
 
琴音「…」
 
敦子「私、出かける慎太郎さんを見送ったわ。『行ってらっしゃい』って手を振ったの」
 
琴音「…」
 
敦子「手を振る相手がいるって、いいわね」
 
琴音「…」
 
敦子「…さてと、私、そろそろ行くわ」
 
キクゾー「琴音、何とか言えよ」
 

琴音、背中を向けてスケッチブックに向かう


敦子「行きましょ、キクちゃん」
 
キクゾー「琴音!」
 

キクゾー、先に外に出る


敦子「外、明るいわよ」

 
琴音、部屋の画材に手を伸ばして、新たに描き始める
照明、居間に切替
居間

 
ひろみ「ただいま帰りました。…あら、誰もいないの?」
 
真琴「ああ、お帰り」
 
ひろみ「あら、起きてたの? お父さんと榊さんは?」
 
真琴「父さんは買出し、敦子さんは琴音の部屋。あ、今日、彼女の誕生日パーティーす ることになったから」
 
ひろみ「え?」
 
真琴「母さん待ちだったんだからね、さ、早く準備準備! (ひろみを台所へ急き立て る)」
 
ひろみ「ちょっと、真琴。順に説明してちょうだい」
 
真琴「はいはい、とにかく急いで急いで!」

 
2人退場。 敦子、居間に戻る。 何か考えている


敦子「…もう、いいわね」
 
真琴「(グラス等持ってくる)どうだった?」
 
敦子「会って話してきたわ」
 
真琴「え! 入ったの?」
 
敦子「ええ」
 
真琴「敦子さん、琴音に気に入られてんじゃないの?」
 
敦子「お説教されたわ」
 
真琴「何て?」
 
敦子「『あなたは卑怯だ』って」
 
真琴「マジで? アイツには言われたくないよね〜」
 
敦子「真琴さん、琴音さんが引き籠った理由は知ってるの?」
 
真琴「さあね」
 
敦子「心配じゃないの?」
 
真琴「家ン中に1日中籠ってんのよ? これ以上安全な場所ないじゃん。まあね、家出 てって、そのまんま行方不明にでもなったら心配だけどさ」

 
敦子、呆然


真琴「なに、アイツ何か言ってたの?」
 
敦子「イジメがあったような話を少し聞いたわ」
 
真琴「ああ、でもそれ原因じゃないでしょ」
 
敦子「どうして?」
 
真琴「そんなことくらいで凹むような可愛い妹が欲しかったね〜」
 
敦子「…いいお姉さんね」
 
真琴「それ、アイツにも言ってくれない? あ、少なくとも3度言っといてね」
 
敦子「今日、お仕事本当に休んでよかったの?」
 
真琴「ああ…。風邪引いたと思えば、どんな仕事だって1日くらい休めるよ」
 
敦子「部長、怒ってたわ」
 
真琴「父さんは自分がいないと会社回らないなんて思ってんじゃない」
 
敦子「みんな、どこかで必要とされてるって思いたいものよ」
 
真琴「…母さん帰ってるけど、いいの?」
 
敦子「ええ。今日で最後だし」
 
真琴「え?」
 
敦子「部長とも、もう会わないわ」
 
真琴「何で! …って、あたしが言うのも変だけどさ。それにどうせ会社で会うんじゃな い」
 
敦子「辞めるつもりなの」
 
真琴「はあ?」
 
敦子「適わないもの。奥様にも、真琴さんにも、琴音さんにも」
 
真琴「辞めて、どうすんのよ」
 
敦子「どうしようかしらね」

 
ひろみ、キクゾー居間に入ってくる


真琴「あ、母さん」
 
キクゾー「追い出さなくてもいいじゃん! もう邪魔しないからさあ」
 
ひろみ「キクちゃんここでいい子にしてて。あ、敦子さん、お誕生日なんですって? お めでとうございます」
 
敦子「ありがとうございます」
 
ひろみ「急いで準備しなくちゃね。真琴、取り皿出して。それから、冷蔵庫にあるトマト 切ってちょうだい」

キクゾー「え、真琴にやらせんの? (怯える)」
 
真琴「あたしにやらせると危ないって(キクゾー、しきりに頷く)」
 
ひろみ「切るくらいできるでしょう」
 
キクゾー「いや、出来ねえって、コイツ」
 
真琴「はいはい」
 
キクゾー「うわあ〜。大丈夫かよ〜」

 
真琴、台所へ


ひろみ「真琴ったら、なんでもすぐ決めてすぐ行動しちゃう子なんですよ。でも、嬉しい わ。たくさんで食べるほうがおいしいもの」
 
敦子「ええ」
 
ひろみ「もうすぐ準備できますから、少し待ってて下さいね」
 
敦子「…あの、奥様」
 
ひろみ「はい?」
 
敦子「…いいえ、何でもないです」
 
真琴「(OFF)母さーん、トマトって洗うのー?」
 
ひろみ「当たり前でしょう。いやだ、恥ずかしいわ。あの子ったら。(敦子に)もうすぐで すからね」
 
キクゾー「オレも見に行こうっと」
 

ひろみ、キクゾー台所へ行くが、キクゾー、ひろみに居間に戻される
慎太郎、居間に入ってくる

 
慎太郎「ただいま」
 
敦子「お帰りなさい」
 
慎太郎「全く、今日は何の日なんだ」
 
キクゾー「うわ、オレこんなとこいるのやだよー(逃げ出す・退場)」
 
敦子「誕生日よ」
 
慎太郎「私が言ってるのは『何て日だ』って意味だ」
 
敦子「慎太郎さん」
 
慎太郎「うん?」
 
敦子「どうして誕生日には『おめでとう』って言うのかしら」
 
慎太郎「ど・どうしてって…普通そうだろう」
 
敦子「普通じゃない答えが聞きたいわ」
 
慎太郎「んんん…そう! 1年無事に生きてたお祝いだ」
 
敦子「…」
 
慎太郎「これからを祝うんじゃなく、昨日までの君を労うんだよ」
 
敦子「素敵な答えですね。顔に合ってませんけど」
 
慎太郎「よ・余計なお世話だ」
 
敦子「合格にします」
 
慎太郎「あ?」
 
敦子「…私のものになってくれませんか」
 
慎太郎「…」
 

慎太郎、気まずそう


敦子「また、困らせちゃいましたね」
 
慎太郎「榊くん、からかうのもいい加減にしなさい」
 
敦子「…ありがとうございました」
 
慎太郎「んん?」
 
敦子「私、会社を辞めようと思ってます」
 
慎太郎「え! どうしたんだ、そんな急に!」
 
敦子「私、考えてました。部長は私よりずっと年上で、おじさんで、部長といっても威厳 はないし、得意先の接待も下手だし…」
 
慎太郎「さ・榊くん…」
 
敦子「おまけに背も低い」
 

慎太郎、打ちひしがれる


慎太郎「そ・そのくらいでいいんじゃないかな?」
 
敦子「でも好きだったの」
 
慎太郎「…」
 
敦子「ずっと一緒にいたかった」
 
慎太郎「…」
 

琴音、姿を見せる


慎太郎「琴音!」

 
つかつかと敦子の目の前に立ち、スケッチブックの破った1枚を差し出す


琴音「…」
 
敦子「…くれるの?」
 
琴音「…(頷く)」
 
敦子「…ありがとう」

 
そのまま席に着く
真琴、皿・箸などを手に入ってくる

 
真琴「うわ! びっくりした。久し振り」
 
琴音「久し振りね、姉さん」
 
真琴「(敦子の手にした絵を見て)何それ」
 
敦子「琴音さんに頂いたの」
 
真琴「どれ、(手にとる)…何これ、『誕生日ね』って」
 
琴音「確認よ」
 
真琴「あんたって子は愛想が無いんだから。母さーん、皿、足んない! もー1枚出し て(台所へ)」
 
慎太郎「あー、なんだ、その…元気そうだな」
 
琴音「母さんのおかげでね」
 
慎太郎「もう、やめたのか」
 
琴音「何を?」
 
慎太郎「…いや、なんでもない」
 
琴音「そうやって、いつも逃げるのね」
 
慎太郎「どういう意味だ」
 
琴音「私から逃げて、母さんからも逃げて」
 
慎太郎「琴音」
 
琴音「今度はこの人から逃げるの?」
 
慎太郎「は・はは…何を言ってんだお前は」
 
琴音「父さんは本当にこの人が好き?」
 
慎太郎「なっ…何を言うんだお前は!」
 
琴音「私は好きよ」
 
慎太郎「はっ?」
 
敦子「…私も好きよ、琴音さんのこと」
 
慎太郎「え・えええ―――っ?」
 
敦子「慎太郎さんのほうが好きだけど」
 
琴音「私もキクゾーのほうが好きだけど」
 

慎太郎、ただオロオロする


琴音「気が合うわね」
 
敦子「そうみたい。じゃあ、今、私が何を考えてるか分かる?」
 
琴音「なんとなくね」
 
敦子「…どうかしら」
 
琴音「いいわよ、あげる」
 
敦子「私、本気よ」
 
琴音「冗談ならあげないわ。その程度には大事よ」
 
慎太郎「…何の話をしてるんだ?」
 
敦子「慎太郎さん」
 
慎太郎「ん?」
 
敦子「私と来て下さい」
 
慎太郎「は?」
 
敦子「私のものになって下さい」
 
慎太郎「…(呆然)」
 
琴音「ウチは大丈夫よ、気にしないで」
 
敦子「明日の朝、ウチへ来て下さい。これからのことはそれから考えましょう」
 
慎太郎「い・いや、お前ら二人で何を勝手な話をしてるんだ! そんな話急にされても …」
 
琴音「適材適所よ。ウチにいるよりこの人のところにいる方が大事にされるわよ」
 
慎太郎「そういう問題じゃないっ!」
 
真琴「ちょっと、何騒いでんのよ。こっちは準備で必死になってるってのに。琴音、あん たは客じゃないのよ。手伝いなさい」
 
琴音「姉さん、父さんいないと困る?」
 
真琴「いてもいなくてもいいけど」
 
慎太郎「ま・真琴…」
 
敦子「(慎太郎に)どうします?」
 
真琴「何の話?」
 
琴音「この人、父さん連れて行きたいんですって」
 
真琴「え! それはマズイでしょ」
 
慎太郎「そうだろ? そうだろう!? ほら、やっぱり真琴は長女だなあ、家のことを考え て…」
 
真琴「この家のローンどうすんのよ? 母さん専業主婦だし、あたしフリーターよ? あ んたまだ学生だしさあ。それ考えるとちょっとなあ」
 
琴音「それはそうだけど」
 
慎太郎「お前達、何か間違ってるぞ…」
 

ひろみ、入ってくる


ひろみ「あら、賑やかね」
 
真琴「あ、母さん、父さんいなくなったら困る?」
 
琴音「姉さん!」
 
真琴「あ!」
 
ひろみ「まったくあなた達、何の話をしてるのかと思えば」
 
真琴「や、冗談、冗談よ、勿論」
 
ひろみ「琴音、お帰りなさい」
 
琴音「…ずっと家にいたわよ」
 
真琴「だからあ! いちいち細かい事言わないの!」
 
ひろみ「おかえりなさい」
 
琴音「…ただいま」
 
ひろみ「琴音が帰ってきたから皆で騒いでたのね。お母さんだけ仲間ハズレなんてひど いわ」
 
真琴「あ・いや、それとは別件」
 
ひろみ「別件?」
 
慎太郎「ふ・ふざけてただけだ。気にしなくてよろしい」
 
ひろみ「そうなんですか?」
 
琴音「『父さんがいなくなると困るかどうか』」
 
ひろみ「え?」
 
琴音「それをテーマに話してたの。母さんはどう?」
 
真琴「琴音!」
 
ひろみ「…困りますよ。当たり前でしょう」
 
琴音「そうかしら」
 
慎太郎「やっぱり母さんは、母さんだけは私のことを…」
 
ひろみ「この家のローンどうするの? 母さん専業主婦だし、真琴はフリーターでしょ、 琴音もまだ学生だし…」
 
慎太郎「か、母さん…」
 
敦子「聞かない方がよかったわね」
 
ひろみ「あら? 冗談じゃなかったの?」
 
真琴「今のは効いたよ…」
 
敦子「奥様」
 
ひろみ「はい?」
 
敦子「慎太郎さんを私に下さい」
 
慎太郎「さ、榊くん!」
 
真琴「ちょっと! なに言ってんの」
 
敦子「真琴さんはいらないって言ったわ」
 
真琴「や、それは…」
 
敦子「いなくてもいいって言ったわ」
 
琴音「言ってないわよ。姉さんは『いてもいなくてもいい』って言ったのよ」
 
敦子「それは同じ事よ」
 
琴音「違うでしょう。だって『いてもいい』ってことだもの」
 
敦子「あなたはどうなの」
 
琴音「(慎太郎をチラッと見て)…さっき言ったとおりよ。私はキクゾーのほうが大事だも の」
 
真琴「母さん、ボーっとしてないで何か言いなさいよ!」
 
ひろみ「え?」
 
琴音「連れてかれちゃうわよ、父さん」
 
慎太郎「い・いい加減にしなさい! ほら、榊くんもこんなときにそんな冗談言って、ウチ の奴らが本気にするじゃないか」
 
真琴「…冗談?」
 
慎太郎「そう、冗談だよ。当たり前だろう? こんなきれいで若いお嬢さんが私なんか 相手にするわけがないじゃないか。真琴、お前、父さんと付き合いたいと思うか?」
 
真琴「思う訳ないでしょ」
 
慎太郎「だろ? 琴音はどうだ?」
 
琴音「嫌です」
 
慎太郎「…」
 

慎太郎、動きが止まる


琴音「自分で言って傷つくなら言わなきゃいいのに」
 
真琴「あんたの言い方がきついのよ」
 
琴音「姉さんだって即答したわ」
 
敦子「慎太郎さん、ね、分かったでしょう? あなたの家族はあなたを必要としてないの よ。あなたには私がいるわ」
 
慎太郎「榊くん…(泣きそう)」
 
琴音「母さんの気持ちを聞いてないけど」

 
一同、ひろみを見る  


慎太郎「母さん…」
 
ひろみ「…お父さん…(ゆっくり顔をあげる)」

 
何か言おうとした瞬間、暗転
居間(気象情報が流れる)照明明るくなる
 
真琴「いってきまーす!」
 
ひろみ「真琴、お弁当忘れてるわよ」
 
真琴「え! あ、ホントだ、サンキュ」
 
ひろみ「今度、母さんにも紹介してね」
 
真琴「な・何が」
 
ひろみ「あなたが早起きして玉子焼きを作りたくなる人」
 
真琴「そっ…そんなんじゃないよ別に! ただ、いっつもロクなモン食べてないから、ほ ら、営業だし、お昼くらいちゃんと食べないともたないでしょ! あたしだってお弁当の ほうがいいし…」
 
ひろみ「はいはい、早く行かないと間に合わないわ」
 
真琴「うっわ、ヤバイ! とにかくそう言う事だから! 違うんだからね、いってきまー す!」
 
ひろみ「いってらっしゃい」
 
琴音「…朝からうるさいわね」
 
ひろみ「あら、おはよう。昨夜遅かったんじゃないの?」
 
琴音「今日から準備だし、寝てられないわよ」
 
ひろみ「そう言えばそうね」
 
キクゾー「おあよー」
 
琴音「キクゾー、寝すぎじゃないの」
 
ひろみ「あなたが昨夜遅くまでゴソゴソしてたから眠れなかったんじゃないの(台所へ)」
 
キクゾー「そうだよ、琴音がずっと電気つけてるから全然寝れなかったんだからなー」
 
琴音「仕事だもの。しょうがないでしょう」
 
キクゾー「はいはい、センセー様! なあ、オレも画廊って行ってみたいな。連れてって よ」
 
琴音「準備でバタバタするからダメよ。踏み潰されるわよ」
 
キクゾー「…お留守番してる」
 
ひろみ「(布巾を手に戻ってくる)何に踏み潰されるの?」
 
キクゾー「ひろみさん、琴音のやつ、事故に見せかけてオレのこと!」
 
琴音「何でもない」
 
ひろみ「なあに、キクちゃん、ゴハン? ちょっと待ってらっしゃい」
 

ひろみ、台所へ


キクゾー「…なあ」
 
琴音「何?」
 
キクゾー「…結局さあ、ひろみさん何で慎太郎さんのこと止めなかったんだよ」
 
琴音「…」
 
キクゾー「オレ、結構ショックだったんだぜ? ひろみさんは絶対止めると思ってたの に」
 
琴音「…」
 
キクゾー「琴音は聞いたんだろ?」
 
琴音「いいえ」
 
キクゾー「教えろよ」
 
琴音「聞いてないもの。自分で聞けば」
 
キクゾー「聞けねーだろ!」
 
琴音「ああ、そうね。時々忘れそうになるわ」
 
キクゾー「ったく。そんなに好きじゃなかったのかなあ」
 
琴音「…好きだから、じゃない?」
 
キクゾー「は?」
 
琴音「母さん、いっつも笑ってたでしょう」
 
キクゾー「うん」
 
琴音「そうしてないと父さんに嫌われると思ってたんじゃないかな。私のときもきっと」
 
キクゾー「何だそれ」
 
琴音「ずっと自分を出さずに生きてきてるから、身に付いてるのね」
 
キクゾー「でも、好きなのに行かせたってのか?」
 
琴音「嫌われるのが怖いのよ」
 
キクゾー「そんなの…怖がってたら、なんも変わんないじゃん」
 
琴音「(笑う)」
 
キクゾー「ん?」
 
琴音「前に私も同じこと言われた気がする」
 
キクゾー「ああ、だってほら、外出たら変わっただろ?」
 
琴音「そうね。あんたに言われるのはシャクだけど」
 
キクゾー「…なあ、慎太郎さん、どっかで見るといいな」
 
琴音「見ないわよ。連絡先知らないし」
 
キクゾー「雑誌でも紹介されたんだろ? 見るかもしれないじゃん」
 
琴音「あんな小さい記事…それにまさか娘が絵を続けてるなんて思わないわよ」
 
キクゾー「そりゃそうだけど。でも見るといいな。優秀賞だもんな」
 
琴音「ありがと」
 
ひろみ「キクちゃん、はいゴハン。琴音もそろそろ時間よ」
 
琴音「母さんは今日は?」
 
ひろみ「今日はお仕事」
 
琴音「また交替してあげたの? 先週もじゃなかった?」
 
ひろみ「今、入学シーズンでしょう。西本さんのところ、小学校と幼稚園とあるもんだか ら準備が大変らしくて」
 
琴音「そう。あんまり無理しないようにね」
 
ひろみ「…」
 
琴音「何?」
 
ひろみ「今日は優しいこと言ってくれるじゃない」
 
琴音「似合わない?」
 
ひろみ「いいえ」
 
琴音「…夢を見たの」
 
ひろみ「何の?」
 
琴音「…元気にしてるかしら」
 
ひろみ「きっとね」

 
石川、めかし込んで登場


石川「今日もさわやかな朝ですねえ! いや、ひろみさんのさわやかさには到底適いっ こないけど! はっはっはっ!」
 
ひろみ「あら、石川さん。おはようございます」
 
キクゾー「うわ、また来た!」
 
石川「おや、とねちゃんはお出掛けですか?」
 
琴音「『琴音』です」
 
ひろみ「今日は展覧会の準備なんです」
 
石川「ああ、そうかあ。これからはとね先生って呼ばなきゃな!」
 
キクゾー「『琴音』だってば! ったく、懲りねーヤツだなあ。ひろみさんはお前なんか相 手にしてないんだからなー」
 
ひろみ「石川さんはどうなさったんです? お出掛けですか?」
 
石川「いやね、今日は天気もいいし、せっかくの休日、ひろみさんと『おーぷんかふぇ』 で『かぷちーの』でもいただこうかと…」
 
キクゾー「はあ!? 顔に似合わないこと言ってんなよ!」
 
琴音「母さん今日は仕事よ」
 
石川「へ?」
 
ひろみ「そうなんです。今日入るはずの人が都合が悪くなって」
 
キクゾー「ざまあみろ」
 
石川「そ・そうですか…」
 
ひろみ「石川さん、今日空いてらっしゃるんですか?」
 
石川「え・ええもう! ひろみさんの為なら年がら年中『おーぷんかふぇ』ですよ!」
 
キクゾー「なに言ってんだか全然わかんねえ…」
 
ひろみ「琴音、今日荷物がたくさんあるんです。もしよろしければお手伝いいただけな いかしら」
 
石川「え・荷物・持ち・ですか」
 
琴音「別に1人で持てるわよ」
 
ひろみ「でもあなた小さいから」
 
琴音「悪かったわね」
 
ひろみ「石川さん、お願い出来ません? (ひろみ、荷物を取りに行く)」
 
石川「そ・そりゃあもう! ひろみさんの頼みを断るわけないじゃありませんか! この 石川の両腕はまさにあなたのために…(ポージング)」
 
キクゾー「あーうるせーうるせー!」
 
琴音「じゃあお願いしようかしら。そろそろ行くわ」

 
ひろみ、琴音、荷物を石川の両腕にかける


ひろみ「明日は母さんと真琴で見に行くから」
 
琴音「ありがと」
 
キクゾー「明日はオレも連れて行けよなっ」
 
琴音「行ってきます」
 
ひろみ「行ってらっしゃい。気をつけてね」
 
石川「ひろみさん! 石川が責任持ってとね先生を会場までお送り致します!」
 
琴音「『琴音』です」
 
ひろみ「お願いしますね」
 
キクゾー「さてと、もうひと寝入りすっかあ」
 

キクゾー、退場
ひろみ、奥へ行きかけて振り返る

 
ひろみ「行ってらっしゃい」

 
照明、ゆっくりとダウン


                     ― 終わり ―


                   


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