たまトザ第1回公演
今日の天気もなにも知らない
作・演出 坂本みゆ 
(前半)
【CAST】
慎太郎 /
篠原武
ひろみ /
斉藤和彦
真琴 /
田中美帆
琴音 /
壱智村小真
敦子 /
玉井亜子
キクゾー /
木村こてん
石川 /
飯島肇


朝(台風情報の音)。
居間が明るくなる。慎太郎、卓袱台で新聞を広げている。ひろみ、お茶を運んでくる。


ひろみ「はい、どうぞ。冷たいのでよかったんですよね?」

慎太郎「うん(聞いていない)」

ひろみ「お父さん」

慎太郎「母さん、麦茶」

ひろみ「目の前にありますよ」

慎太郎「ん? ああ、そうか」


真琴、皿の乗ったトレイを片手に登場


真琴「おはよー(母にトレイを渡す)」

ひろみ「いつもありがとう。今朝は早いのね。昨夜も遅かったんでしょ? もう少し寝た ら?」

真琴「(大きな欠伸)ノド渇いて、目ぇ覚めちゃったよ。昨夜飲みすぎちゃったかなあ」

ひろみ「ごはんは?」

真琴「いらない。コーヒーちょうだい」

ひろみ「コーヒーだけでいいの?」

真琴「うん」

慎太郎「それくらい自分でやったらどうなんだ」

真琴「どーしたの。会社は?」

慎太郎「今日は日曜だ」

真琴「そだっけ?」

慎太郎「ロクでもない仕事をしてるから曜日も分からんようになるんだ」

真琴「またその話すんの?」

ひろみ「やめてくださいよ、朝っぱらから。お父さんもせっかくのお休みなんですからゆ っくりなさって。ね」

真琴「そうそう」

ひろみ「真琴、キクちゃんは?」
 
真琴「琴音のところでしょ」
 
ひろみ「下げたときに連れてきてくれたらいいのに」

真琴「ああ、そっか。ごめん」

ひろみ「じゃあ、琴音のゴハン持ってって、ついでに連れてきてちょうだい」

真琴「やだよ、今降りてきたとこなのに」

ひろみ「しょうがないわねえ。その代わり、コーヒー、後になるわよ」

真琴「あーい」


ひろみ、席を立ち、上手へ退場
慎太郎、真琴少しの間無言

 
慎太郎「全く、いつまでも母さんに頼ってばかりで、フラフラして。いつになったらまとも に働くんだ、お前は」

真琴「働いてるよ」

慎太郎「まともにと言ってるんだ」

真琴「働いてるでしょ。毎日遅くまでさあ! 何の文句があんのよ」

慎太郎「夜中にフラフラして、昼近くまで起きて来やしない」

真琴「…あのねえ、今はスーパーだって普通に24時間営業してんのよ?」

慎太郎「じゃあ、そのスーパーに勤めなさい」

真琴「やだよ。1日中立ちっぱでレジ打ちなんて。そーいうのは母さんに薦めたら」

慎太郎「主婦が働きになんて出なくてよろしい」

真琴「今どき専業主婦なんてなかなかいないよ」
 
慎太郎「話を摩り替えるんじゃない。父さんは認めないからな」

真琴「いいよ、認めてくんなくても」
 
慎太郎「ったく、母さんが甘やかすから…」

真琴「自分は放ってたくせに、母さんのせいにするのずるくない?」

慎太郎「妙な発音で喋るな! その、しり上がりが父さんは大嫌いなんだ! 耳障り な!」

真琴「 『チョー』ごめんなさーい」

慎太郎「何が『チョー』だ! ったく、最近のやつらは日本語もロクに知らんのだから …」

真琴「言葉は日々進化するからね」
 
慎太郎「自分の物知らずを棚に上げるんじゃない」
 
真琴「えっらそーに言わないでよ。自分がどれほど物知ってるつもりな訳? 宇多田も ガクトもあゆも知らないくせに」
 
慎太郎「なにおう! 『あゆ』くらい父さんだって…」
 
真琴「言っとくけど、魚じゃないからね!」
 
慎太郎「うっ」
 
真琴「あーやだやだ、今、日本で何が話題になってるかも知らないで全部知ってるつも りでさあ」
 
慎太郎「は、浜崎あゆみのことだろう!」
 
真琴「え」
 
慎太郎「彼女はいいな、なんというかあのまっすぐで切ない歌詞がな」
 
真琴「…なんで知ってんの?」
 
慎太郎「(得意気)それくらいは一般常識だ。父さんをそうそうバカにするもんじゃない ぞ」
 

真琴、慎太郎をじっと見る


慎太郎「…何だ、何か言いたいのか」
 
真琴「…あのさあ、昨日一緒に歩いてたの、誰?」
 
慎太郎「昨日?」
 
真琴「女と腕組んで歩いてたじゃん」

 
慎太郎、むせる


慎太郎「な・何を言ってるんだ! ひ・人違いだろう! 昨日父さんは新宿なんて行って ないぞ! ああ、行ってないとも」

真琴「あたし新宿だなんて言ってないよ」
 

慎太郎、動きが止まる


真琴「ふーん。そーゆーこと(面白そう)」
 
慎太郎「何がそう言う事だ、おい! お前は何か勘違いを…あれは、あれはだな、そ う! 得意先があの辺りで、彼女はまだ新人だから、私が一緒に…」
 
真琴「腕組んで歩かないでしょ」
 
慎太郎「それは! だから、その、なんだ、途中で気分が悪いって言い出したんだよ」
 
真琴「ふーん」
 
慎太郎「最近暑いからなあ。真琴も熱中症には気をつけるんだぞ(立ち去ろうとする)」

真琴「母さんに言っちゃおっかなー」
 
慎太郎「黙っててください(土下座)」
 
真琴「今時、口だけじゃ小学生だって聞きゃしないと思わない?」
 
慎太郎「お前っ…! 親を強請る気か!」
 
真琴「やあねえ。何事も誠意が大事だって話よ。別にあたしはどっちでもいいのよ?  たださ、父さんが妻と二人の娘が居るからって、恋もしちゃいけないなんて、そうは思 わないわけよ」
 
慎太郎「こっ…恋?」
 
真琴「そ」
 
慎太郎「こ・恋…こいこいこい…(ブツブツ…)」
 
真琴「え、もしかしてビンゴ?」
 
慎太郎「バ・バカを言うな。そんなんじゃない」
 
真琴「えー? 怪しー」
 
慎太郎「いい加減にしろ! 親をからかうんじゃない!」
 
真琴「はいはい。分かりました。大体あたしはそんなのはどうでもいいんだってば!」

 
二人、無言で見つめ合う
慎太郎、肩を落として、上着のポケットから財布を取り出す

 
慎太郎「(財布から一万円を差し出す)…これは、父さんからの小遣いだ。いいか、な んの意味もなく、ただ俺の機嫌がいいから可愛い娘に小遣いをあげたくなったと言う、 ただ、それだけの…」
 
真琴「(札をひったくる)はいはい、分かったって。サンキュ」
 

ひろみ (OFF)「キクちゃん、お腹すいたでしょう?」
ひろみ、キクゾー登場。 真琴にコーヒーカップを渡す
キクゾー、部屋を動き回る
真琴、急いでポケットに札をしまう

 
ひろみ「あら、真琴、どうしたの?」
 
真琴「別にー。父さんに小遣い貰っちゃった」
 
ひろみ「さ、お待ちどうさま」

 
皿をキクゾーの前に置いてやる
キクゾー、不満そう

 
キクゾー「あー! これ昨日の残りの種じゃん! 食いたくないから残してんだよう。湿 気てんだよ、これ。新しいのにしてくんない?(ひろみの服を引っ張る)」
 
ひろみ「はーい。キクちゃん、いたずらしないでね」
 
キクゾー「もう! そーやっていつもオレの言うこと聞いてないんだもんな。そりゃ、何言 ってるか分からないんだろうけど…はいはい、分かりました(諦めて食べ始めるが、ま ずそう)」
 
真琴「ごっそさーん。じゃ、あたし夕方まで寝るから。絶対! 起こさないでよ」
 
ひろみ「真琴、お部屋にカップ持って行かないで。全部あなたのところに行ったままでし ょう」
 
真琴「今日あたしが出掛けたら掃除しといて。灰皿ももう一杯だからさ、よろしく」
 
ひろみ「真琴。(見送る)…困っちゃうわ、もう。お父さん、珍しいですね。お小遣いあげ るなんて…どうしました?」

 
慎太郎、1人でのたうち回っている
キクゾー、慎太郎の様子を窺っている

 
ひろみ「お父さん?」
 
慎太郎「おおうっ! あ、いや、何か、あ・暑くないか? この部屋」
 
ひろみ「そうですか? じゃあクーラー付けますね」
 
キクゾー「…気温の問題じゃなさそうだけどな(慎太郎にまとわりつく)」
 
慎太郎「うおっほん!(キクゾーを払う・キクゾー退場)こ・琴音は起きてるのか」
 
ひろみ「ええ、あの子は早起きですから、とっくに」
 
慎太郎「全く、学校へも行かずに部屋で1日中何してるんだか」
 
ひろみ「(微笑んで)絵を描いてるようですけど」
 
慎太郎「私はそんなことを言ってるんじゃない(退場)」
 
ひろみ「あらいやだ。失礼しました(微笑む)」

 
照明、居間ダウン 琴音の部屋に切替
琴音の部屋、薄暗い。 キクゾー、外から扉を引っ掻く
琴音、扉を開けてやる。すぐに定位置に戻り、スケッチブックに向かってなにやら書い ている
 

キクゾー「(琴音の手元を覗き込んで)あれ? 昨日描いてたやつ、どうした?」
 
琴音「…(無言でゴミ箱を指差す)」
 
キクゾー「何だよ、また捨てちゃったのか? 飽きっぽいなあ」
 
琴音「(振り向かずに)邪魔しないで」
 
キクゾー「はいはい、ゲージュツ家さんは気難しいな。あ、そう言えばさっき真琴と慎太 郎さんが話してんの聞いちゃったんだけどさ」
 
琴音「興味ないわ。あの人たちとは関係ないし」
 
キクゾー「関係ないって、家族だろお」
 
琴音「迷惑なくらいよ」
 
キクゾー「…あのさあ、ここ慎太郎さんのうちじゃん。琴音、何もしないで部屋籠もって るだけでさあ、なのにそんな言い方って…」
 
琴音「何よ」
 
キクゾー「え?」
 
琴音「何を話してたの(スケッチブックを置き、食事の乗ったトレイを引き寄せる)」
 
キクゾー「お、聞く気になった?」
 
琴音「あんたがいると描けやしないわ(食べる)」
 
キクゾー「唯一無二の親友に言う言葉かよぉ」
 
琴音「どこで覚えるの、そんな言葉」
 
キクゾー「『クイズ赤っ恥青っ恥』!」
 
琴音「…(キクゾーを見ている)」
 
キクゾー「知らないのかよ。ったく、こんな暗いところにずっといるからだよ。たまにはテ レビくらい見ろっての」
 
琴音「大きなお世話。あんたが見てるのがおかしいのよ」
 
キクゾー「別に自発的に見てるわけじゃないよ。ひろみさんが毎週楽しみにしてて…」
 
琴音「いっつも平和そうね、母さんは」
 
キクゾー「それがひろみさんのいいとこだろ」
 
琴音「いいところね…」

キクゾー「…なんだよ」
 
琴音「別に。ところで話は?」
 
キクゾー「ああ、それが、それがさ! さっきの続きだけど、…慎太郎さん浮気してるら しいんだよ」
 
琴音「…(手が止まるが、表情には変化なし)」
 
キクゾー「真琴がさ、女の人と腕組んで歩いてるの見たんだって!」
 
琴音「気のせいじゃないの」
 
キクゾー「いや、あの動揺ぶりは間違いないよ意外だよなあ」
 
琴音「よっぽどの物好きか、それとも…一服盛ったのかもしれないわね」
 
キクゾー「おいおい…実の父親に言う言葉か」
 
琴音「あんな人、どこがいいのか分からないもの」
 
キクゾー「でもひろみさんは惚れてんだよなあ。あんないい奥さん、今時いないぜ?  良妻賢母ってな、あーいう人を言うんだろうな」
 
琴音「主婦なんて、何の生産性もなくて、一番下らない人種よ」
 
キクゾー「引き籠もってるお前にそんなこと言う資格ないだろ」

琴音「…」
 
キクゾー「ひろみさんのほうがお前よりよっぽど生産性があると思うよ」
 
琴音「(食べ終わって、スケッチブックに手を伸ばす)…ペットに「お前」なんて言われた くないわ。出てってちょうだい」
 
キクゾー「琴音!」
 
琴音「あんたがいると気が散るの。姉さんのところにでも行ってて」
 
キクゾー「ああそうですか、邪魔で悪かったな! 出てくよ!」

 
ドアの前で止まってる


琴音「…何してんの」
 
キクゾー「ドア開けろよ」
 
琴音「…」
 
キクゾー「オレが自分で開けられるわけないだろ」

 
面倒くさそうに立ち上がり、ドアを開けてやる


キクゾー「ふんっ! (キクゾー、怒って部屋を出て行く)」
 
琴音「…自分でドアも開けられないくせに。生意気なのよ」

 
照明、居間に切替
慎太郎、居間に入ってくる。 新聞を広げるが、上の空
何やらブツブツ言っている

 
慎太郎「だから新宿は嫌だって言ったんだ。あああ…、『夏の味覚!岩牡蠣フェア』な んかにつられたばっかりに…いや、確かに美味かった。あの岩ガキは絶品だったん だ。レモンを搾って、こう「つるん」と…ああ、しかし…」
 
ひろみ「お父さん、さっきから何ブツブツ言ってるんですか」
 
慎太郎「はうあっ!!! な・何でもないぞ! 俺は岩ガキなんか断じて食ってないぞ!」
 
ひろみ「岩ガキ?」
 
慎太郎「(声にならないもがき)――――――!!!」
 
ひろみ「そういえばおいしい時季ですね。今夜、岩ガキにしましょうか」
 
慎太郎「い、いや、別に私は…」

 
ピンポーン(チャイムの音)


ひろみ「あら、誰かしら。はーい」
 
ひろみ(OFF)「あら、石川さん。まあ、戴いてよろしいの?」
 
慎太郎「危なかった…危うく自分でバラしてしまうところだった。いかんいかん、落ち着 け、落ち着くんだ、慎太郎!」
 

携帯電話のベル。 慎太郎、箪笥から携帯を取り出し、名前を確認


慎太郎「さ、榊くん! (通話ボタンを押す)もしもし、『私です』じゃないよ。休みに電話 は困るよ。…近く? 近くって、えっ! 近くまで来てる!? 何言ってるんだ! いや、嘘 じゃない。昨夜言ったことは嘘じゃないぞ〜。とにかく、そっちにいくから、今、どこだ い? ああ、石川さんちの角…石川さんちの角って―――! と、とにかくそこにいなさ い! 動くんじゃないぞ!(切る)」
 

慎太郎、飛び出そうとするとひろみとぶつかりそうになる


慎太郎「おおっ! 母さん、私はちょっとそこまで出かけてくるから…」
 
ひろみ「あら、お父さん、会社の方がいらっしゃいましたよ。ささ、狭いところですが、ど うぞ入ってくださいな」

 
敦子登場


敦子「こんにちは、部長」
 
慎太郎「さ・さ・さっ…(言葉にならない)」
 
敦子「突然お邪魔して申し訳ありません。(ひろみに)私、榊敦子と申します。今、私が 手掛けている企画で、部長に相談に乗っていただきたい事があって…あ、これご家族 の皆さんで召し上がってください」

 
敦子、手土産を差し出す


ひろみ「まあ、わざわざすいません。どうぞ、座ってくださいな、今、お茶煎れてきますか ら」
 
敦子「お構いなく」

 
ひろみ、台所へ(退場)


敦子「慎太郎さん」
 

慎太郎、やっと固まった状態から戻る


慎太郎「ど・どういうつもりなんだ! 家まで来るなんて!」
 
敦子「あなたに会いたかったからよ。言ったでしょう? 今日が私の誕生日だって」
 
慎太郎「だから昨日は一緒に過ごしたじゃないか」
 
敦子「昨日は昨日。私は今日一緒にいたかったんだもの」
 
慎太郎「そんなわがままな…」
 
敦子「わがまま? …そうね、そうかもしれないわ。そんな私は嫌い?」
 
慎太郎「いや、そんなことないが…って、そういう話は今度だ。とにかく、今日は帰ってく れ。詳しいことはまた…」

 
ひろみ、お茶とお茶菓子を持ってくる


ひろみ「お休みなのに大変ですねえ。粗茶ですが、どうぞ。これ、お隣の石川さんに頂 いたんですけど、甘い物お好きかしら」
 
敦子「ええ、大好きです。ありがとうございます」
 
ひろみ「あなた、私お夕飯のお買い物に行ってきていいかしら」
 
慎太郎「(呼吸を整えながら)え? ま・まだ早いだろう」
 
ひろみ「せっかくですから、港市場まで足を伸ばそうかと思って。それに私がいたらお 邪魔でしょう?」

 
慎太郎、敦子驚く。 慎太郎、立ち上がって


慎太郎「なっ、何を言ってるんだ! わ・私と榊くんは別に何も…!」
 
ひろみ「お仕事のお話なんて、私、分かりませんもの」
 
慎太郎「えっ…あ、そう、だな。この件についてはゆっくり、ゆーっくり検討しなくてはい けないからな。よし、母さん、買い物に行ってきなさい」
 
ひろみ「すいません。ごゆっくりしていってくださいね。あなた、おいしいカキ探してきま すからね」
 
敦子「カキ?」
 
慎太郎「ああ―――!」
 
ひろみ「この人がそろそろ時季だし、岩ガキが食べたいって言うもんですから…あ、も しよろしかったら榊さんもお夕食後一緒しません?」
 
慎太郎「母さん!」
 
敦子「でも、突然来ただけでもご迷惑なのに…」
 
慎太郎「そうだ! 無理に誘ったりしたら迷惑なんだよ! 上司から言われたりしたら、 榊くんが本当は帰りたくて、帰りたくて、しょうがなくても、帰れなくなるだろう!」
 
敦子「そんなことないんですけど」
 
ひろみ「え?」
 
敦子「いいえ」
 
ひろみ「…そうですか…じゃあ、また今度、お仕事じゃなくてゆっくりいらして下さいね (台所へ)」
 
慎太郎「さて、榊くん! さっきの話の続きだがな! それでは先方の言う納期に間に 合わなくなる!」
 
敦子「(慎太郎に合わせる)そうでしょうか」
 
慎太郎「我社としてはこのチャンスを逃すわけにはいかないんだ。ここは慎重に…(入 ってきたひろみに気付く) ん? まだいたのか? 母さん、早く行って来なさい」
 
ひろみ「あら、私ったら。じゃあ、行って来ます。どうぞ、ごゆっくり」

 
ひろみ、玄関へ
肩で息をする慎太郎

 
敦子「…岩ガキ」
 
慎太郎「ん?」
 
敦子「…毎日食べるほど好きだなんて知らなかったわ」
 
慎太郎「成り行きだ」
 
敦子「…素敵な奥様ですね。旦那様の好きなものを買いに市場まで…」
 
慎太郎「あれは、主婦だからな、ヒマなんだ」
 
敦子「お夕食、ご一緒したかったわ」
 
慎太郎「冗談じゃないよ…さあ、話はまた今度にして、今日は帰りなさい」
 
敦子「どうして? 奥様もお出掛けになったし、二人っきりよ。もう少し、いていいでしょ う?」
 
慎太郎「上の階に娘が二人とも居るんだ。上の娘に昨日一緒だったのを見られてる し、見つかったらまずい」
 
敦子「上のお嬢さんに? 真琴さんね。何て言われたの?」
 
慎太郎「『昨日一緒に歩いてたの誰?』って、うまく言っておいたけど、あれは多分疑っ てると思う。だから、な」
 
敦子「…私、今日で25になったわ」
 
慎太郎「(面倒くさそうに)ああ、そうだな、おめでとう」
 
敦子「誕生日を一緒に過ごす恋人もいないのは誰のせいかしら」
 
慎太郎「私のせいだと言いたいのか」
 
敦子「…いいえ、慎太郎さんのせいじゃないわ。あなたは私を束縛しないし、私はいつ だってあなたから離れていっていいんだもの。私が「別れましょう」って言っても、きっと あなたは止めないんだわ。でしょう?」
 
慎太郎「…」
 
敦子「…そんな顔しないで。ごめんなさい。困った顔も素敵よ」
 
慎太郎「榊くん!」

 
ピンポーン


慎太郎「ちょ・ちょっと待っていなさい」

 
慎太郎、退場


慎太郎(OFF)「おや、石川さん。先程はおいしい和菓子を戴きまして…」

 
敦子、ゆっくりと部屋を見て歩く。 写真立てを落として驚く。
琴音、その音に反応して部屋を出て居間へ
部屋を見回る敦子に不信な目を向ける

 
琴音「…泥棒?」
 
敦子「いいえ」
 
琴音「そう(来た方向へ帰ろうと振り向く)」
 
敦子「あなたは、琴音さん?」
 
琴音「…(睨む)」
 
敦子「私、お父さんの会社の部下で…」
 
琴音「別に、あなたが誰かなんてどうでもいいわ。泥棒じゃないならそれでいいの」
 
敦子「どうして泥棒だと思ったの?」
 
琴音「…」
 
敦子「物音なんて、家族で住んでたらいくらでもするでしょう?」
 
琴音「…母さんが出かけて、父さんが外に居て、姉さんが部屋で寝てるのに物音がし たからよ」
 
敦子「よく見てるのね」
 
琴音「…」
 
敦子「引き籠もってるって聞いてたけど」
 
琴音「…キクゾーがいたずらしてるんじゃないかと思って」
 
敦子「キクゾー?」
 
琴音「…(出て行こうとする)」
 
敦子「ねえ、部屋から出てくることもあるの?」
 

無視して立ち去る
ドカドカと足音

 
慎太郎「(OFF)石川さん、ちょっ…困るよ! 勝手に上がっちゃあ!」
 

石川、すごい勢い。慎太郎の制止も聞かず居間に入る


石川「いやいや、今日はもう慎太郎さんに聞いてもらわんと私の気が済まないよ!」
 
慎太郎「だから、またゆっくり…」
 
石川「今日じゃないとダメなんだって! 三軒先の河原さんなんだけど、あの人のゴミ の出し方ったらもう…」

 
敦子を見つけ、笑顔で互いに会釈


石川「そーじゃなくってえ! 慎太郎さん! どーいう事だ! あんた、ひろみさんって 人がありながら若い娘を家に連れ込んだりして…」
 
慎太郎「なっ何を言ってるんだ! 彼女は会社の部下だよ!」
 
石川「そんな言い訳、誰が信じるんだい! 見損なったよ! 10年以上も隣に住んで てこんな情けない現場に今まさに踏み込んでしまうなんて。ひろみさんに申し訳ないと は思わないのかい? あんなに献身的に夫に尽くしてるってのに! ああ、いっそ見な いほうがよかったさ! こんな慎太郎さんを見るくらいなら今ここでひと思いに…!(慎 太郎の首に手をかける)」
 
慎太郎「うわあああああっ! 落ち着いてくれ、石川さんっ!」

 
敦子、ロープをカバンから取り出し、石川の首にかけ、地蔵背負いにする
数秒静止、石川、暴れているがじきに大人しくなる

 
慎太郎「石川さん、石川さん!」
 
敦子「別に死ぬほど絞めたわけじゃないですよ」
 
慎太郎「だからって、君…」
 
敦子「慎太郎さんに手をかけましたから」
 
慎太郎「石川さん!(繰り返し呼ぶ)」
 
石川「うーん…」
 
慎太郎「石川さん! 大丈夫かい?」
 
石川「んんん…何だ? なんだったんだ今のは!」
 
敦子「大丈夫ですか?」
 
石川「わああっ! 慎太郎さん、あんた見てたよね? この女、今私の首を絞めて…」
 
敦子「この女じゃありません」
 
石川「ええ?」
 
敦子「榊敦子と申します。初めまして(礼)」
 
石川「何、悠長に挨拶してるんだよ!」
 
慎太郎「あ、あの、部下の榊くんって言うんだよ」
 
石川「そんなこたあ聞いてないよ! 今私の首を…」
 
敦子「突然苦しみ出したから心配したんですよ。お体、どこか悪いんじゃありません か?」
 
石川「なーにを白々しいこと言ってんだ! ほら慎太郎さん、あんたも見てただろう?  この女が後ろから私を…」
 
慎太郎「そんなバカな!」
 
石川「…え?」
 
慎太郎「こんなか弱い女性に何が出来るんだよ! 幻覚でも見たのかい? 発作を起 こしたように急に苦しみだしたんだよ! 気分は? まだ苦しいかい?」
 
石川「え、いや、別に…」
 
慎太郎「それはよかった! 心配したよー。紹介もしてなかったね! 彼女は部下の榊 くんだ!」
 
石川「え・部下?」
 
敦子「お加減が悪いようでしたら無理なさらない方がいいですわ。本当、急にでしたも の」
 
慎太郎「びっくりさせてすまなかったねえ。あまりに興奮しすぎたんだよきっと」
 
石川「(慎太郎と敦子を交互に見て)…そーだろう? そーだよねえ。私は最初から分 かっていたよ。慎太郎さんを信じてるよ。そりゃ、そうだよ。もう何年、隣組だと思ってん だい(大げさに笑う)」
 
慎太郎「とにかく、仕事の打ち合わせ中なんだから。今日のところは、ね。またゆっくり 聞くからさ(石川を押し、追い返そうとする)」
 
石川「そんなつれないこと言わないで…町内会のことは慎太郎さんだって他人事じゃな いんだよ!」
 
慎太郎「ダメダメ! 幻覚まで見えるようじゃ重症だよ! 今すぐ病院に行った方がい いな」
 
石川「病院って、そんな大げさな…おや、まこっちゃん」

 
真琴とキクゾー登場


真琴「おじさん、うるさいよ。人が気持ちよく寝てるってのに。目ぇ覚めちゃったじゃん。 あれ? 母さんいないの?(敦子に気付き)…あっ!」
 
石川「どしたの、まこっちゃん」
 
慎太郎「いっ、石川さん! 今日のところは! お構いできなくてほんっとーに申し訳な い! いやあ、残念だ。残念だなあ! 何て日だあ? 今日は!(石川を玄関まで押し ていく)」

 
真琴、卓に着き、敦子を品定めするようにジロジロ見る
キクゾー、真琴の髪を引っ張る

 
キクゾー「真琴、何してんだよ? お客さんに失礼だろ」
 
真琴「キク、うるさい(キクゾーを払う)」
 
キクゾー「(転がる)うわあ! あっぶないなあ、何すんだよ。オレはお前に礼儀っても んをだな…」
 
敦子「『キクゾー』くん?」
 
キクゾー「(反射的に)あ、はい。…って、誰だ、この人?」
 
真琴「何で知ってんの?」
 
敦子「さっき、琴音さんが捜してたの」
 
真琴「琴音に会ったの!?」
 
敦子「ええ、少し」
 
真琴「あたしだってもうずいぶん見てないよ。元気そうだった?」
 
敦子「多分。上機嫌には見えなかったけど」
 
キクゾー「そんな琴音、オレだって見たことねえよ」
 
真琴「ところで、あなたは?」
 
敦子「お父様の会社の部下で、榊敦子と申します」
 
真琴「…あなたとは初めて会った気がしないな」
 
敦子「昨日、お会いしてたそうですね」
 
キクゾー「昨日?」
 
真琴「新宿あたりでね」
 
キクゾー「え! ってことは慎太郎さんの?」
 
真琴「…全然動揺しないんだ」

 
真琴、黙って微笑む敦子にいらいらする


真琴「こんなところまで来るのって、ルール違反なんじゃないの」
 
敦子「私今日、誕生日なんです」
 
真琴「はあ?」
 
敦子「家に1人でいるのはつまらないでしょう?」
 
キクゾー「問題ちがくないか?」
 
真琴「友達でも呼べばいいじゃない。友達いないの?」
 
敦子「ええ、いないの」
 

沈黙。慎太郎、戻ってくる


慎太郎「真琴! お前まだいたのか」
 
真琴「いちゃ悪いの」
 
慎太郎「お客さんが来てるんだから、部屋へ行ってなさい」
 
真琴「お客さんねえ」
 
慎太郎「真琴!」
 
真琴「父さんが呼んだの?」
 
慎太郎「そっ…そんな訳ないだろう! 勝手に来たんだ!」
 
敦子「随分冷たい言いかたですね」
 
慎太郎「…あ・いや、そういう訳じゃ…」
 
敦子「(真琴に向かって)勝手に来たのよー」
 
真琴「(慎太郎に)勝手にったって、玄関で帰せばいい話でしょ」
 
慎太郎「う、家に入れたのは母さんだ。私は止めようとしたんだぞ」
 
真琴「母さんが?」
 
敦子「『どうぞどうぞ』って招き入れて下さったの」
 
真琴「だからって言われるまんま入ってくる?」
 
敦子「だって会うために来たんだもの」

 
睨む真琴。 敦子、涼しい顔をしている


キクゾー「うわあああ、こーゆー状態をあれだよ、ん? こないだ「筋肉番付」で確か… なんだっけ? ああ!「一触即発」だ! シュラバだよシュラバ! どーすんだよー」
 
慎太郎「ま、まあ落ち着きなさい。二人とも」
 
真琴「(敦子に)…ねえ」
 
敦子「はい?」
 
真琴「誕生日ってのは本当なの」
 
敦子「本当よ」
 
慎太郎「ほ、本当だぞ。だから昨日わざわざお祝いを…あっ!」
 
敦子「…なんで言っちゃうのかしら、そういうこと」
 
キクゾー「ぜってー悪いことの一つも出来ないタイプだよな」
 
真琴「…だったら今日来なくてもいいじゃない」
 
敦子「…」
 
慎太郎「いや、だからもう帰るところだったんだ! な、榊くん!」
 
敦子「…」
 
慎太郎「榊くん!」
 
敦子「…そうですね。今日は会えてよかった。…それじゃ」
 
真琴「ねえ」
 
敦子「…」
 
慎太郎「な、何だ。どうした」
 
真琴「いくつになったの」
 
敦子「え」
 
真琴「歳よ」
 
敦子「25よ」
 
真琴「…」
 
慎太郎「それがどうしたんだ」
 
真琴「パーティーしようよ」
 
キクゾー「はあ!?」
 
慎太郎「なっ! 何を言ってるんだ」
 
真琴「なんかさ、パーっとやりたくなっちゃった」
 
慎太郎「パーっとってお前」
 
真琴「パーティやるよ、パーティ! 夜通し飲むよー!」
 
慎太郎「お前は仕事があるだろう!」
 
真琴「休むよ」
 
慎太郎「仕事っていうのは、そんな簡単に休むもんじゃない!」
 
真琴「もう決めたの」
 
敦子「真琴さん…」
 
真琴「あんたねえ、『友達いない』なんて即答するもんじゃないよ。あたしが寂しくなるで しょう。さて、父さん、買出し行ってきて」
 
慎太郎「え・私が?」
 
真琴「主賓動かすわけに行かないでしょ。あ、ちょっと待って、冷蔵庫見てくる。(行きか けて振り返る)そういえば、母さんは?」
 
敦子「市場へお夕飯の岩ガキを買いに」
 
真琴「ふーん、豪勢じゃん。何とか形にはなるんじゃない(台所へ向かう)」
 
慎太郎「榊くーん…」
 
敦子「私、ドイツの白ワインが飲みたいわ」
 
慎太郎「そういう話ではなくて…」
 
敦子「それからシャンパンと、あ、ケーキはイチゴがたくさん乗ってるのにして下さいね」
 
慎太郎「分かった分かった、だから…」
 
敦子「ロウソクの数、間違えたら許しませんよ」
 
慎太郎「(諦めて、タンスから財布を取り出す)…行ってくるよ」
 
敦子「行ってらっしゃい(手を振って見送る)」

 
慎太郎、退場
敦子、振っていた手に気付いて、微笑む

 
キクゾー「まーったく、なに考えてんだぁ、真琴のヤツ。パーティーって、つまりひろみさ んが帰ってきたらここで皆でテーブル囲んで…? うーわー、マジかよ! シュラバか よ! そいでもってハピバースデーかよ! そんな場合じゃねーよー! …ん?」
 
敦子「(キクゾーを覗き込んでいる)」
 
キクゾー「な、何だよ」
 
敦子「こんにちは」
 
キクゾー「…(警戒している様子)」
 
敦子「お手」
 
キクゾー「…ああ?」
 
敦子「やっぱり芸は出来ないのね」
 
キクゾー「なんだとお! バカにすんな! そんなレベルの低い芸はしないんだよ!  犬じゃないっつーの」
 
敦子「(しっぽを触る)あ、柔らかい」
 
キクゾー だあああ! さわんなよ!(引っ掻こうとする)
敦子「きゃっ」

 
真琴が入ってくる


真琴「ああ、ダメだよ。キクは琴音の言うことしか聞かないから」
 
敦子「そうなの?」
 
真琴「ちゃんと人の顔、分かるらしいよ」
 
敦子「へえ、いい子ね」
 
キクゾー「…なんかバカにされてる気がする」
 
敦子「…真琴さん」
 
真琴「なに」
 
敦子「どうしてこんなことするの」
 
真琴「…ヤなの」
 
敦子「いいえ、違うの。だってさっきまで怒ってたでしょう?」
 
真琴「…さっきも言ったけどさあ、『友達いない』なんてあっさり言われると思わなかった し、25って微妙じゃん? そんな日に一人だとやっぱ寂しいかなって。それにほら、あ たしも人事じゃないかも知れないじゃない」
 
敦子「真琴さんはきっとそんなことないと思うわ」
 
真琴「そう願いたいね。あ、もうしばらくかかると思うけど…」
 
敦子「ねえ、琴音さんの部屋、どこかしら」
 
真琴「2階上がって、左側の奥だけど」
 
敦子「そう」
 
真琴「ちょっと、何すんの」
 
敦子「お話して来ようかと思って」
 
真琴「アイツ出てきやしないよ」
 
敦子「ドア越しでいいのよ」
 
真琴「返事しないかもよ」
 
敦子「そうしたら戻ってくるわ」
 
真琴「(呆れている)…好きにすれば」
 
キクゾー「ちょっ…勝手なことすんなよ! ダメだからな、そんなの!(敦子の前に立ち 塞がる)」
 
敦子「あら、キクちゃん、連れて行ってくれるの?」
 
キクゾー「そーじゃないってばあ! ここで大人しくしてろよ」
 
敦子「なんだか心強いわ、さ、行きましょ」
 
キクゾー「(敦子を引っ張るが、連れて行かれる)わあああああ!

 
敦子、上手へ
真琴に電話がかかってくる

 
真琴「ああ、父さん? え? もう、だから待っててって言ったでしょ。だからね、買って きて欲しいのは…(電話したまま台所へ)」
 



後半にGO!


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