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○戸田家・居間 電話をしている勇一郎。 勇一郎を囲んで様子を眺めている鞠子と青柳。 青柳、しきりにハンカチで汗を拭う。 勇一郎「頼むからすぐに戻って来てくれよ。……だってそれじゃ、こっちはどうするんだよ。いや、しょうがないって、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。取り敢えず、父さんだけでも……。え? 待ってよ、頑張れじゃないよ。ダメだって。ちょっと、待て。切るな、切るなよ、父さん!」 青柳「……どうですか?」 勇一郎、受話器を戻して首を横に振る。 鞠子「……また?」 勇一郎、頷く。勇一郎と鞠子、同時に深いため息。黙り込んでしまう。 青柳「……あのう、お父様とお母様は……」 勇一郎「戻って来ません」 青柳「は?」 勇一郎「青柳さん、一週間ほど延期して頂けませんか」 青柳「え」 勇一郎「母が行方不明なんです」 青柳「えっ! まさかご旅行先で事故に遭われたとか……」 勇一郎「ああ、ご心配なく。自主的ですので」 青柳「は?」 勇一郎「お恥ずかしいことなんですが、旅先で夫婦ケンカを始めてしまったみたいで……」 青柳「ケン・カ……?」 勇一郎「はい」 鞠子「お母様、すごくはっきりした方なんです。お父様とケンカをして飛び出すのは珍しいことじゃなくて」 勇一郎「スーツケースを持ってホテルを出てしまったそうです。親父は母を捜すのが先決だから、見つけるまでは戻れないと……」 青柳「はあ……」 鞠子「あ、でも、お母様の怒りは持続しないんです。そうですね……、三日くらい心の赴くままにカードでお買い物をすれば、機嫌を直して戻って来られますから」 勇一郎「で、ビザとか飛行機の都合、時差ボケなどの諸々を考えると、一週間後がベストだと思います」 青柳「ベストって、あの」 鞠子「そうね。お義父様とお義母様がいらっしゃらないうちに勝手に済ませてしまって、後から問題になったら大変だし」 勇一郎「鞠子もそう思うだろ? じゃあ青柳さん、一週間後ってことで、そちらの都合は……」 青柳「いや、あの、待って下さいよ」 勇一郎・鞠子「はい?」 青柳「お二人とも、落ち着いて、現状をしっかり見つめて下さい」 勇一郎・鞠子顔を見合わせて、頷き合う。 勇一郎・鞠子「――一週間後で」 青柳「……分かってるんですか? お祖母様が亡くなられたんですよ!?」 SE:お鈴の音。 暗転。 ○仏間 マツ、登場。マツ人形が布団に寝ている。 マツ「(客に向かって)どうも、初めまして。戸田マツと申します。つい先日、家の近くの病院で息を引き取りました。八十八を迎えためでたい歳に(人形を見る)……こんな姿になるなんて、思ってもみませんでした。(部屋を見回す)……長年暮らしたこの家に戻ってくるのを楽しみにしておりましたが、戻っては来れましたが……。望んだ形とは違うものになってしまいました。(人形の枕元に座り、ため息)(間)でも、悲しいばかりでもありません。これでやっと、竹夫さんのところに行けます。二〇……三年ぶりの再会になりますか。あの人、丈夫だけが取り柄で大病は全くなかったって言うのに、働きすぎたんでしょうか、思ったよりあっさり、ころりって、私を一人にしましてね。(静かに微笑む)……でも、息子夫婦と孫とひ孫がおりましたから、ちっとも寂しくなんかなかったんですよ。ええ、いい人生でした。……あら、孫が会いに来てくれたようです」 マツ、舞台隅に移動、様子を伺う。 鞠子が雅二郎と誠子を案内してくる。 鞠子「……つい先ほど戻っていらしたんです」 誠子、持っている鞄を落とす。マツ人形に駆け寄る。 誠子「おばあちゃん!」 雅二郎「ばあちゃん……」 誠子、マツ人形の手に触れ、泣き出す。 誠子「おばあちゃん、ごめんね、ずっと一人にして。今週の日曜日に、雅二郎さんと会いに行こうって話してたのよ。なのに、こんな突然なんて、そんなの……(泣く)」 雅二郎、誠子の肩を支える。 雅二郎「ばあちゃん……」 誠子「早すぎるわよぉ……」 鞠子「……あのう、お二人とも、お茶を煎れますから、とりあえずあちらにどうぞ」 誠子、鞠子の話は聞いていない。 鞠子「あの、誠子さん……(顔を覗き見る)」 誠子「(鞠子を払いのける)触らないでよ! おばあちゃ……、こんなに冷たくなっちゃって……」 雅二郎、誠子を蹴る。 誠子「痛っ……! 何するのよ!」 雅二郎「お義姉さんに何てことすんだ! 謝れ!」 鞠子「あ、私は平気です」 雅二郎、誠子の頭を床に押さえ付ける。涙声で抵抗する誠子。 マツ「お止め、雅二郎っ……」 マツ、立ち上がって止めようとするが、雅二郎にさわれない。 マツ「ああ、そうだったね」 誠子「ちょっと痛いわよ、止めてよ!」 雅二郎「謝れっつってんだろ!」 誠子「痛いってば!」 鞠子「雅二郎さん、乱暴は止めて下さい! 私は大丈夫ですから」 雅二郎「や、謝らせないと俺の気がすまないんで。おら、何してんだよ、謝れよ!」 鞠子「止めて下さい、お願いです!」 鞠子、雅二郎を止める。あたふたしているマツ。 雅二郎、誠子を乱暴に突き放す。 誠子「だって久し振りなのよ。あたし、何度も病院に行こうって言ったじゃない。なのにあなたは仕事ばっかりでちっとも……。お義姉さんもお義姉さんよ。今来たばっかりなのに、そんなすぐに引き離さなくったって……(泣く)」 雅二郎「お前、お義姉さんが悪いっていいたいのか!」 叩こうとする雅二郎。怯える誠子。 誠子「やめてよぉ……」 鞠子「あの、すいません、私、気が利かなくて……。誠子さん、ごゆっくりどうぞ。雅二郎さんも、後で居間にいらしてくださいね」 雅二郎「すいません、ウチのヤツが……」 鞠子「いいえ、急かしてすいませんでした。ゆっくりお話して頂いた方がおばあちゃんも喜ぶと思います」 鞠子、出て行く。 雅二郎、部屋の入口までついて行き、何度も頭を下げる。 誠子、背後から雅二郎に近付き、腰を蹴る。 雅二郎「いてっ!」 誠子「こっちのセリフよ!」 誠子、雅二郎にビンタ。 マツ、目を見張る。 誠子「あたしに向かって手、あげていいと思ってんの。誰が許したの、そんなこと」 雅二郎「だってお前が先にお義姉さんに……」 誠子「そうねえ、あたしだってお義姉さんにぶたれたら文句は言えないわよ。でも誰? 今あたしを蹴ったのは誰なのよ。ねえ(蹴る)、あたしが(蹴る)、聞いてんのは(蹴る)、何でアンタが(蹴る)、あたしを蹴んのかってことよ!(蹴る)」 雅二郎「……ってぇなあ! んだよ、お前だってしょっちゅう俺のこと蹴るじゃねぇかっ……」 誠子、雅二郎の胸倉を掴む。 誠子「あたしはいいのよ。あなたの愛する、たった一人の妻なんだから。ちょっと蹴られるくらい、てんとう虫が止まったくらいのモンでしょう?」 雅二郎「……(絶句)」 誠子「なぁに?(微笑む)」 雅二郎「……い、いや……(苦笑)」 誠子「分かればいいの」 誠子、手を放す。 マツ「夫婦ってな、外から見てるだけじゃ分かんないもんだねえ……」 雅二郎「それにしてもやりすぎじゃないか」 誠子、睨む。 雅二郎「いや、違っ……。今のじゃなくて、あの、あんな派手に泣いたらわざとらしいんじゃないかなーなんて……」 誠子「あれぐらいやっといた方がいいのよ。なんせウチはおばあちゃんが入院してる間、一度も見舞いに行かなかったのよ。後になって〈放っておいた〉なんて言われたら遺産分割で不利になるでしょう。全く、あなたが仕事ばっかりしてるから」 雅二郎、誠子から顔を逸らして一人でグチる。 雅二郎「しょうがねぇじゃん、本当に仕事なんだから。そんなに言うんだったら、俺がいなくても一人で顔出せばよかったじゃねぇかよ」 誠子、咳払い。 雅二郎「(慌てて)あ、いやほら、遺産分割ったって、ばあちゃんの遺産なんてどうせ大したことないぞ。期待すんじゃねぇぞ。はは、ははは……」 マツ、雅二郎のまん前で。 マツ「悪かったね。大したことなくて」 誠子「大したことあろうがなかろうが、働かずして入ってくるお金よ。少しでも多いに越したことないわ。お義父さん、お義母さんはしょうがないにしても、他の兄弟と差をつけられるのはごめんですからね」 雅二郎「でもばあちゃんの面倒はずっと母ちゃんとお義姉さんで看てた訳だし……」 誠子「そういう弱気がよくないのよ。(鞄からエプロンを出して着ける)とにかく、あたしはお通夜とお葬式で働いてお義母さんのポイント稼ぐから、あなたも頑張ってね。勇一郎さんに負けちゃダメよ」 雅二郎「でも父ちゃんと母ちゃん、葬式に出ないらしいぞ」 マツ・誠子「ええっ!?」 雅二郎「スペインまで行って、またおっぱじめたんだと(指で×印を作る。マツの枕元に座る)」 誠子「本当なの、それ?」 雅二郎「さっき兄貴がそんな風なこと言ってた。ちゃんと聞いた訳じゃねぇけど」 マツ「親の葬式に戻って来ないのかい、あの子は」 誠子「ちょっと、じゃあ、誰がお通夜とお葬式を仕切るのよ」 雅二郎「兄貴だろ」 誠子、思案する。 誠子「……チャンスね」 雅二郎「あ?」 誠子「これを利用しない手はないわ。あなた……」 部屋を出ようとする誠子。 振り返ると、雅二郎はマツ人形の枕元に胡坐をかいている。 誠子「ちょっと何してんの、行くわよ?」 雅二郎「……俺、もう少しばあちゃんと話してくわ」 誠子「何を悠長なこと言ってるの。さっき居間にいたの、あれ、葬儀屋さんでしょ。あなたも話に加わらないと……」 雅二郎「先行っててくれ」 誠子「あなた」 雅二郎「すぐに行く」 誠子「……(ため息)早くね」 誠子、部屋を出る。 雅二郎、マツ人形をしみじみと見る。 マツ、雅二郎の隣りに座る。 マツ「誠子さん、乱暴者のお前と結婚してよく我慢してくれてると思ってたけど……、お前が我慢してたんだねえ」 雅二郎「……ばあちゃん、ごめんな、一度も見舞い行ってやれなくて」 マツ、雅二郎の頭を撫でようとするが、触れない。 雅二郎「俺……、今、すごく忙しいんだ。前に話しただろ、例の居酒屋。先月新しい店がオープンして、俺さ、そこの店長になったんだよ。やっと認められたんだ。毎日マネージャーは〈売り上げ、売り上げ〉ってうるせーけど、充実してるって言うか……。悪くねぇよな、責任持って真面目に働くってのもよ。……もっと早く気付いてたら、ばあちゃんに心配掛けずに済んだのにな」 マツ「ホントに、ねえ……。お前が兄弟の中で一番やんちゃだったからね。それが今は店長かい。あんなに飽きっぽかったのに、頑張ったんだねえ……(涙ぐむ)」 雅二郎「ばあちゃん、俺のこと薄情な孫だって思ってるか」 マツ「そんなことないよ」 雅二郎「顔、見に行ってやりたかったけど……」 マツ「いいんだよ、そんなことは」 雅二郎「毎日の売上に追われて、ばあちゃんのことちっとも考えなかった」 マツ「そりゃ酷いね」 雅二郎「酷いだろ、ばあちゃんは俺のこと、いっつも考えてくれてたのにな……」 雅二郎、涙を堪える。 雅二郎「でもさ、その代わりってったらなんだけど、仕事はちゃんと続けてるよ。ばあちゃんに言われてたもんな。男がコロコロ仕事変えるもんじゃないって。それは守ってる」 マツ、笑顔で頷く。 雅二郎「約束するよ。……もう、仕事変わったりしない。うん、当分は!」 マツ「当分?」 雅二郎「……だって絶対って自信ねーよ。マネージャーがウザくて、毎日三回くらい『辞めてやるーッ』って思っちまうし」 マツ「ウ、ウザ……イ?」 雅二郎「あ、ばあちゃんには分かんないか、『ウザい』なんて」 マツ、激しく頷く。 雅二郎「ま、いいよ。とりあえず俺、頑張ってっからさ! ばあちゃんも応援してくれよなっ」 マツ「そりゃ、応援はするけど……」 三郎とチカ、入ってくる。 三郎「ばあちゃん!」 驚く雅二郎、マツ。 マツ人形の肩を揺さぶる三郎。 三郎「ばあちゃん、ばあちゃん、ばあちゃん! (乱暴に人形を放して)……うわあ、ホントに死んでる!」 チカ、マツ人形を突付く。 チカ「カチンコチンだねえ。やん、ドライアイス冷え冷えー」 三郎「あ、いけね。ばあちゃ……、ふがっ!」 雅二郎、三郎をヘッドロック。 雅二郎「うるせぇんだよ、おめぇは。いきなり飛び込んできて、ところ構わず騒いでんじゃねぇ」 三郎「(苦しそうに)ジ、ジロ兄ちゃん、久し振り」 雅二郎「何が久し振りだ。ばあちゃん放りなげんじゃねぇ、びっくりすんだろ!(腕に力を入れる)」 マツ「こうなっちゃえばそうでもないけどね」 三郎「い、い、……今は俺がびっくりしてるんだけど。苦しい、マジ苦しい。兄ちゃん、死ぬ(床をタップ)」 チカ、雅二郎にヘッドロック。 雅二郎「うごっ!」 チカ「サブちゃんに乱暴しないで!」 チカ、雅二郎を三郎から引き剥がす。 雅二郎、三郎、それぞれ咳込む。三郎に掛け寄るチカ。 チカ「サブちゃん、大丈夫だった? 痛くない? やぁだ、はい、こっち向いて」 チカ、ポシェットからティッシュを出す。 チカ「はい、チーン」 鼻をかむ、三郎。 チカ、三郎の頭を撫でてやる。 チカ「もお大丈夫だからね」 三郎「うん、ありがと」 雅二郎「おい、三郎。何なんだ、こいつ」 チカ「こいつじゃないもん」 三郎「(雅二郎に)チカだよ。チカ、こっちがジロ兄ちゃ……、いてっ!」 雅二郎、三郎の頭をはたく。 雅二郎「名前なんか何だっていいんだよ。お前の何なんだって聞いてんだ」 チカ「ちょっと、頭叩かないで。バカになったらどうすんの」 雅二郎「んなのとっくに手遅れだよ」 チカ、雅二郎の腕をねじ上げる。 チカ「お義兄さんも手遅れになってみる?」 雅二郎「イテ! イテテテ……」 三郎「チカ、もういいよ、止めな」 チカ「でもぉ」 三郎「止めなって」 チカ「……はぁい」 チカ、雅二郎を放す。 雅二郎「おい。三郎」 雅二郎、三郎と肩を組み、小声で話す。 雅二郎「あの女、何であんな強いんだ」 三郎「愛の力?」 雅二郎「ふざけんな」 三郎「何でだろうねえ」 雅二郎「知らねぇのかよ」 三郎「だってジロ兄ちゃん家(ち)と違って、俺は一度も殴られたことないもん」 雅二郎「あいつは……いいんだよ。俺しか殴らないんだから」 三郎「ジロ兄ちゃんが大人しく殴られてるってのが俺には意外」 雅二郎「普段構ってやれないし、俺蹴って気ぃ済むならそれでいいだろ」 三郎「ふうん」 雅二郎「……んだよ」 三郎「仲良くやってんじゃん」 雅二郎「うるせ」 鞠子、入ってくる。 鞠子「雅二郎さん、三郎さん、すいません。居間に来ていただけないでしょうか」 三郎「何かあったの?」 鞠子「ええ、あの、誠子さんが……」 雅二郎「誠子が何か?」 チカ「誠子って?」 三郎「ジロ兄ちゃんの奥さん」 チカ「ああ! あの怖い人だ」 鞠子「え?」 三郎、チカの口を押さえる。 三郎「ちょ、チカッ!!」 雅二郎「……てめ、人の女房捕まえて、ナニ適当なこと言ってんだ」 三郎「ま、まあま。そんなことより、お義姉さん、誠子さんがどうしたの」 鞠子「雅二郎さんに喪主をやらせるって、葬儀屋さんと話を始めてしまって」 雅二郎「はぁ?」 三郎「何で? 父ちゃんは?」 雅二郎「スペインにカンヅメ(指で×印を作る)」 三郎「またぁ? ったく、旅行中くらい仲良くしてればいいのに」 雅二郎「あれはあれで仲いいんだろ」 三郎「ったく、いい時と悪い時が極端なんだよな。え、じゃあ父ちゃんと母ちゃん、葬式来ないの」 鞠子「ええ……(苦笑)。とにかく、あちらに」 鞠子、雅二郎、部屋を出る。三郎、チカを連れて行こうとして止まる。 三郎「誠子さんのこと、他の人には内緒って言ったろ。俺だって偶然見て知ったけど、ジロ兄ちゃんから聞いたんじゃないんだから」 チカ「ごめぇん。もう言わない」 三郎「約束だよ?」 チカ「はぁいっ(敬礼)」 三郎、チカ、出て行く。 マツ「三郎も女の子を連れてくる年になったんだねえ……。」 マツに照明(サス)。 マツ「(客席向きで)ああ、騒がしくして申し訳ありませんね。どうやら私のバカ息子は帰ってこないようです。親の葬式ですよ? どれだけ苦労して育てたと思ってるんでしょう。帰りの飛行機、落っことしてやりましょうか。……いやだ、冗談ですよ。ケンカする程仲がいいっていいますし、怒る訳に行かないじゃないですか。……仕方ないですよね……(寂しそう)」 暗転。 ○居間 テーブルを囲んでいる、勇一郎、誠子、青柳。 勇一郎、話に加わろうとするが、入れない。 青柳「ええと、では、本日こちらで納棺をさせていただいて、明日、お祖母さまをホールにお連れしてお通夜、明後日に告別式と言うことで」 誠子「ええ、それで進めていただいて結構です。で、式場はどんな感じですか? 何か写真とか……」 青柳「こちらが当ステーションホールです。今回は二階をご利用いただきます。(パンフレットを出す)……こちらですね」 誠子「あら、広いし、綺麗じゃない」 青柳「それはもう。当ホールは一年半前に完成したばかりの新しいホールで、駅から歩いても二分半の距離です。ご親族様にもご会葬の皆様にもご満足いただけるようにと……」 勇一郎「あ、あのう!」 誠子、青柳、勇一郎を見る。 勇一郎「あの、ちょっと待って貰えませんか」 誠子「何ですか、お義兄さん」 勇一郎「(怯える)あ、いや、あの……。さっきも言った通り、父さんと母さんの帰りを待ってからにしたいんですが……」 誠子「そんな悠長なこと言ってる場合じゃありませんよ。お義父さんに連絡したのにご本人が帰らないって仰ったんでしょう? それは、こちらできちんと済ませて置くようにって、信用して任せて下さったってことですよ」 勇一郎「でも」 誠子「第一、おばあちゃんをお部屋に一週間も寝かせておく訳に行かないじゃないですか」 勇一郎「でも、ばあちゃん、ウチに帰って来たがってたし、そんなすぐにお葬式しなくても……」 誠子「……腐りますよ」 勇一郎「えっ」 誠子「(青柳に)ねえ?」 青柳「あ、お体にドライアイスを当てますから、すぐにどうということは……」 誠子「でも腐るでしょう?」 青柳「は、多少は……その……」 勇一郎「ど、どうなるんですか、その、腐ると」 青柳「いや、それは……」 誠子「そうですね、仰って下さい」 青柳「えぇ〜……(嫌そう)」 誠子「その方がお義兄さんも一週間後なんてバカなことを言わなくなりますよ」 青柳「はあ……、そうですか。あのですね……」 鞠子、雅二郎、三郎、チカ、入ってくる。 雅二郎「誠子、何やってんだお前」 誠子「何って、あなた……。ああ三郎さん、お久し振り」 三郎「どうも」 誠子「(チカを見て)そちらは?」 チカ「サブちゃんのラブラブハニーのチカりんでーっす。よろぴく♪」 全員、絶句。三郎だけ嬉しそう。 誠子「……三郎さん、何考えてるんですか、こんな大変な時に」 チカ「大変な時だからでしょお。勇ちゃんもジロちゃんも奥さんがいるのに、サブちゃんだけ一人ぼっちじゃ可哀想だもん」 勇一郎「勇ちゃん?」 雅二郎「ジロちゃん!?」 三郎「いい娘だろ?」 誠子「……っ、そういう問題じゃありません。あなた、場所柄をわきまえたらどうなの? お帰りなさい」 チカ「ただいまー♪」 誠子「あたしは帰れって言ってるの!」 チカ「(三郎にしがみつく)こっわぁい。サブちゃん、サブちゃん、間近で見るとすごい迫力だよ」 三郎「うん。だからちょっと静かにしようか」 誠子、立ち上がる。鞠子が制止。 鞠子「誠子さん、落ち着いて下さい。お手伝いして下さるなんて、助かるじゃないですか」 誠子「助かる? 邪魔になるだけよ、こんな子」 チカ「すごいしっつれーい。いーじゃない。サブちゃんのおばあちゃんならあたしのおばあちゃんでもあるんだもん」 勇一郎「三郎、そこまで話は進んでんのか」 三郎「いや全然」 チカ「まだだけどー、でも、チカの方はそれくらいの気持ちがあるってこと」 三郎「チカ……」 雅二郎「おい三郎、いいのか。こんな軽ノリバカで」 チカ「バカじゃないもん!」 三郎「可愛いからいいよ」 雅二郎「いいのかよ。てか、そんな可愛いか」 チカ「可愛いでしょ」 雅二郎「てめぇで言うな」 三郎「可愛いよ」 雅二郎「おめぇも黙ってろ!」 マツ、入ってくる。 勇一郎「雅二郎、三郎、いいから一旦座れよ。こちら、葬儀屋の青柳さん。青柳さん、弟の雅二郎と三郎です」 全員(マツも)、座る。 青柳「青柳と申します。よろしくお願い致します」 雅二郎「どうも、お世話になります(礼)」 三郎「よろしくお願いしまーす(礼)」 チカも合わせて頭を下げる。 鞠子「……それで、お話はどこまで……」 誠子「あ、そうそう。お義兄さんが式を一週間延ばすって聞かないんですよ」 マツ「一週間?」 雅二郎「何で」 勇一郎「父さんと母さんがいないんだぞ」 三郎「ま、焼いちゃったらもう会えないからね」 誠子「(咳払い)それに、おばあちゃんをずっとお部屋に寝かせておく訳にいかないでしょう? だからそんなことしたら遺体がどうなるのか、青柳さんに話していただこうって。さ、どうぞ、青柳さん。具体的に仰って下さい」 全員、顔を見合わせる。青柳、苦笑い。 マツ「他人事だと思って簡単に言うねえ」 青柳「(言いにくそうに)あのですね、故人様のご遺体を一週間このままご自宅でご安置となりますと……」 全員、青柳に寄って行く。目覚ましベル音。全員驚く。 誠子「何、何の音よ」 慌てて止める鞠子。 鞠子「すいません。拓馬のお迎えの時間なんです。あなた、私ちょっと行ってきます(出て行こうとする)」 青柳「ちょっと待って下さいよ、奥さん」 鞠子「はい?」 青柳「さっきからお話があっちこっち飛んで、一向に進んでないんですよ。お願いですから大筋が決まるまでは居て貰えませんか」 鞠子「……でも、子供を放っておく訳には……」 誠子「あら、いいわよ、葬儀のお話は雅二郎さんと私で聞きます。鞠子さんはお迎えに行ってらっしゃいよ」 雅二郎「おい」 誠子「だって勇一郎さんははっきりしないし、鞠子さんも頼りなくって、心配になっちゃうわ。その点あなたは一つのお店を任されてますからね。青柳さんもウチの人の方が安心してお話が進められるでしょう?」 青柳「……(苦笑)」 雅二郎「冗談じゃねぇよ。そんなのは長男の仕事だろうが。兄貴にやらせろよ」 誠子「(青柳に)必ず長男がやるって決まってる訳じゃないんでしょう?」 青柳「ええ、特に決まりはございませんので、皆様のより良いように……」 雅二郎「だから兄貴でいいよ」 誠子「ちょっと、あなたがそんなこと言っててどうするの」 鞠子「あの、私取りあえずお迎えに……」 玄関に行こうとする鞠子。立ちはだかり止める青柳。 マツ「(青柳に)あたしの話はどうなったんだい?」 雅二郎「お義姉さん、ちょっと待って。俺、喪主なんてやんないよ」 誠子「あなた」 雅二郎「俺が拓馬迎えに行ってくるわ」 雅二郎立ち上がる。止める誠子。 誠子「ダメよ、あなたはいてくれなきゃ」 雅二郎「何なんだよ、面倒くせぇ」 マツ「(青柳に)あたし、あのままいるとどうなるんだい?」 三郎「あー、もう!(立ち上がる) いいよ、お迎えは俺が行く。イチロ兄ちゃんとジロ兄ちゃんは、話の続きしなよ」 鞠子「三郎さん」 三郎「どうせ俺が一番やることないだろ? ここにいても暇だし、えっと、そこの集会所の前に幼稚園バス来るんだよね?」 鞠子「ええ……」 三郎「なら楽勝。行ってくる」 チカ「じゃ、あたしも」 三郎「行く?」 チカ「うん(三郎と腕を組む)」 三郎「全く甘えん坊だな、チカは。じゃ、行ってきまーす」 チカ「デートだね、デート」 三郎「すぐそこだよ」 チカ「いーのっ。デートだもん」 三郎、チカ、出て行く。全員、若干疲労している。 青柳「……続き、よろしいでしょうか」 勇一郎「あ、はい。どうもすいません。バタバタして」 青柳「いえいえ。ではまず、喪主様を決めさせて下さい。ご長男様と次男様、どちらが……」 マツ「あたしは後回しかい」 雅二郎「だから兄貴でいいって」 勇一郎「でも、雅二郎が仕切ってくれるなら先延ばししなくても……」 雅二郎「おい、何言ってんだよ」 勇一郎「誠子さんの言うとおり、お前の方が堂々としてるからな」 雅二郎「ふざけんなよ、そのガタイは何のためにあんだよ」 勇一郎「(逆ギレ気味)葬式のためじゃないよ!」 誠子「お義兄さんは雅二郎さんが喪主でもいいんですね!?」 勇一郎「ええ」 雅二郎「止めろよ。愛想振り撒くのは俺より兄貴のがずっと上手いだろ。お義姉さんもいるし」 鞠子「私は大してお役に立てませんから」 雅二郎「ただ座ってるだけでいいんですよ。(誠子を指差す)俺とこいつが筆頭で待ち構えてたら、ばあちゃんの知り合いみんなビビッちゃいますから」 誠子「何よそれ」 雅二郎「青柳さん、ここ二人(勇一郎夫妻)と、こっち二人(雅二郎夫妻)だったら、やっぱこっち(勇一郎夫妻)がいる方がいいでしょう?」 マツ「(両夫婦を見比べて)こっち(勇一郎夫婦)でお願いしたいねえ」 青柳「ははははは……(汗を拭く)。あ、喪主様と、最後のご挨拶をする方を分けるというやり方もございますが……」 鞠子「クーラー強めましょうか?」 青柳「いえいえ、お構いなく」 誠子「ちゃんと効いてるわよ、クーラー。汗流してるのこの人だけだもの」 鞠子「上着、お暑いんじゃないですか? 楽になさって下さい」 青柳「ありがとうございます(脱ごうとする)」 誠子「しょうがないじゃない、仕事なんだから」 青柳「はは……(着直す)」 勇一郎「喪主は最後に挨拶があるんですか。じゃあやっぱり、雅二郎にお願いしようかな」 雅二郎「だから俺はやらねぇって言ってんだろ。兄貴がやれよ」 勇一郎「俺は挨拶は……」 雅二郎「人前で喋るのなんてお手のもんだろ」 青柳「そうなんですか?」 鞠子「(青柳に)学習塾で講師をしているんです」 青柳「ああ、そうでしたか。いいじゃないですか、お兄さん!」 誠子、青柳を睨む。小さくなる青柳。 勇一郎「とんでもない。仕事では年配の人を前に話すことなんてないですよ」 雅二郎「んなの、教壇にいるつもりで話しゃいんだよ」 勇一郎「そんな簡単に……」 マツ「終わるのかい? この話」 茜(OFF)「お邪魔しまーす」 鞠子「あ、はーい」 鞠子、玄関へ。気まずい空気が流れる。互いにけん制している様子。 鞠子、数秒後戻ってくる。 鞠子「青柳さん、会社の方が」 茜、入ってくる。 茜「お疲れです」 青柳「おお、お疲れさん。あ、ご長男様、こちら、おばあさまのお化粧と納棺式を担当します、真木と申します。(茜に)こちら、ご長男様、そちらは次男……」 茜「どうも、皆さんご無沙汰してます」 勇一郎「え」 雅二郎「あん?」 茜「相変わらずお元気そうで」 雅二郎「あー、茜! お前茜だろ」 茜「変わんないね、雅二郎」 雅二郎「ほら、やっぱ茜だ! お前、年上呼び捨てすんなって何度言わせんだよ」 雅二郎、茜を叩こうとしてよけられる。 茜「雅二郎を雅二郎っつって何が悪いのよ、雅二郎」 雅二郎「連呼すんな! んだよ、何しに来たんだ、お前」 茜「納棺に来たって青柳さんが言ったでしょ。ホント人の話聞いてないよね」 雅二郎「う、うっせ。〈ノーカンシキ〉って、何すんだよ」 青柳「あ、おばあさまのお体の処置とお化粧のあと、お棺にお納めする儀式になります」 雅二郎「お前がやんの、それ」 茜「そうよ」 誠子「ちょっとあなた(雅二郎を座らせる)」 雅二郎「てめぇの化粧もロクにしなかったのに、人の化粧なんて出来んのかよ」 茜「いつの話してんの」 誠子、固まっている勇一郎を覗き込む。 誠子「お義兄さん、どうしたんですか?」 鞠子「あなた?」 勇一郎「え、あ、ああ……、いや……」 青柳「ウチの真木とお知り合いですか?」 雅二郎「ああ、茜は兄貴の……」 茜「元・生徒です。先生が講師を始めて最初の生徒。大学受験ではお世話になりまし た」 勇一郎「(はっとして)あ、ああ、いえ、こちらこそ、あまりお力になれませんで」 茜「ええ、本当に何の助けにもならなくて」 青柳「おいっ!」 茜「だって私、本命落ちたんですよ。この人の予想問題が一〇〇パー(%)外れて。普通ないですよ、一〇〇って。ちょっとは掠っても良さそうなもんじゃないですか。お陰でギリギリまで進路決まらなくて大変だったんですからね」 雅二郎「そう言えばお前、あん時十円ハゲ出来たんだよな。まだあんのかよ」 茜「んな訳ないでしょ。余計なことばっか覚えてるね」 青柳「……(笑いを堪えている)」 茜「おかしいですか?」 青柳「いや、別に」 茜「(勇一郎に)まだ先生してるの?」 勇一郎「ああ」 茜「懲りないね。(勇一郎を無視)青柳さん、故人様はどちらに?」 青柳「ああ、仏間はあちら」 茜「では、私はそちらに」 茜が行こうとするのを止める青柳。 青柳「いや、それがちょっとまだはっきりしてなくてね」 茜「何が」 青柳「どなたが喪主さんになるかと、葬儀の日取りと火葬場、お寺さんの都合、お料理に会葬礼状の数……」 茜「何ひとつ決まってないじゃないですか」 勇一郎「すいません」 青柳「いやいや、そんな気になさらないで。(茜に)その、いろいろあってね」 茜「私、どうしましょう」 青柳「この後あるの?」 茜「いえ」 青柳「そう? じゃ、少し待って貰ってもいいかな」 茜「……分かりました。じゃあ、お体の状態を見させて頂きます」 鞠子「私、ご案内します」 青柳「こちら、ご長男の奥様」 鞠子「鞠子と申します」 茜「真木です。よろしくお願いします」 鞠子「では、こちらにどうぞ」 青柳「あ、真木君、これ」 メモ用紙を渡す青柳。茜、開く。 茜「分かりました」 茜、メモをポケットに入れる。鞠子と茜、出て行く。 マツ、迷いながらも、立ち上がる。 マツ「勝手されちゃ嫌だからねえ」 マツ、出て行く。 青柳「……では、お話に戻らせていただきます。くどいようですが、喪主様を決めて頂かないと先に進めないので、先にそちらを……」 雅二郎「あー、面倒くせぇ。いい加減にしようぜ。兄貴でいいっつってんだろ」 誠子「でもあなた」 雅二郎「兄貴がやるんだよ!(テーブルを叩く)」 一同、静まる。 誠子「(不満そう)……三郎さんはどうなのかしら。兄弟全員の意見を聞かないと」 雅二郎「んなことしてたら、いつまで経ってもまとまらねぇ。三郎に文句言わせるかよ」 誠子「でも聞いてみないと分からないでしょう」 拓馬、勇一郎目がけて駆け込んでくる。 拓馬「あ、パパだー! ただいまーキック!」 勇一郎「うおっ!」 拓馬「そしてパーンチ!」 勇一郎「いてっ!」 誠子「拓馬、また大きくなったわね」 拓馬「あ、おばちゃんだ!」 誠子「おばちゃん?」 拓馬「(怯える)……誠子ちゃん」 誠子「こんにちは」 拓馬「(きちんと礼)こんにちは。あ、ジロおじちゃん、こんにちはー……キック!」 雅二郎、キックをかわす。 更に攻撃する拓馬。悉くかわす雅二郎。 拓馬「ちっくしょ〜」 雅二郎「はん、俺も甘く見られたもんだな。兄貴、こいつ甘やかしすぎなんじゃねぇ? 俺が軽くシメてやろうか」 勇一郎「(慌てる)ダ、ダメだよ!」 三郎、戻ってくる。 三郎「ジロ兄ちゃんがシメたら拓馬、落ちちゃうだろー。(拓馬を守る)これくらいのが、元気でいいじゃん。男だもんなっ」 拓馬「おうっ!(ポーズ)」 チカ、戻ってくる。 チカ「こーら、拓馬ダメじゃん。靴、玄関でバラバラだったよー」 拓馬「それはママがするんだもん」 チカ「バーカ。それくらいは自分でやんの」 拓馬「僕、バカじゃないよっ」 チカ「なら出来るでしょ? これからは自分でするんだよ」 拓馬「えー……」 チカ「いい子のお返事は、〈はーい〉(手を上げる)でしょ?」 拓馬「……はーい……(弱々しく手を上げる)」 チカ「よっし、拓馬、おばあちゃんのとこ行こう」 拓馬「ばぁば、いるの?」 チカ「うん、お部屋で寝てるの。だから、うるさくしちゃダメだよ」 拓馬「はーいっ。(辺りを見回して)ちいばぁばは?」 チカ「ちいばぁば?(三郎を見る)」 三郎「母ちゃんのことだよ。(拓馬に)ちいばぁばは、まだお出掛け」 拓馬「ふぅーん。ばぁばー」 拓馬、部屋を出る。 三郎「イチロ兄ちゃん、お義姉さんは?」 勇一郎「仏間に行ってる」 三郎「そ、ちょうどいいや」 勇一郎「ちょうど?」 三郎「ばあちゃんのこと、拓馬になんて言おうかと思ってさ。でもお義姉さんがいるなら、お義姉さんから言って貰うよ。んじゃ、お邪魔しましたぁ」 チカ「しましたぁ」 三郎、チカ、出て行こうとする。 誠子「あ、三郎さん、喪主なんだけど……、三郎さんは別にやりたくないわよね?」 三郎「ったり前じゃん。イチロ兄ちゃんでいいよ」 誠子「雅二郎さんじゃダメなの?」 三郎「ジロ兄ちゃんがやりたいならいいけど」 雅二郎「やりたくねぇ」 三郎「ならやっぱ、イチロ兄ちゃんがやるのがいいんじゃない。長男なんだし」 誠子「別に長男じゃなくてもいいのよ」 チカ「そなの? ならサブちゃんやっちゃえばー?」 誠子、チカを睨む。 チカ「冗談でぇす」 三郎「俺はパス」 雅二郎「これで決まりだな」 勇一郎「雅二郎」 雅二郎「うだうだ言ってねぇでやりゃいいんだよ!」 全員、動きが止まる。 勇一郎「……はい」 雅二郎「(青柳に)決まったぞ」 青柳「あ、ありがとうございます」 雅二郎「お前もこれ以上文句言うな」 誠子「……分かりました。じゃあお義兄さん、ちゃんと、決めて下さいね。一週間後なんて絶対にダメですよ」 勇一郎「はあ、頑張ります」 青柳「大丈夫ですよ。そんなに頑張ることなんてありませんから」 勇一郎「そ、そうですか」 誠子「何言ってるんです。お義父さんの代理として、来て下さった方々にきちんとご挨拶して貰わないと。お義父さんの顔ってものがあるんですからね」 勇一郎「は、はあ……」 雅二郎「兄貴、何か買ってくるもんあるか」 勇一郎「え」 雅二郎「大勢っつーか、こいつ(誠子)がいると話にならねぇ」 誠子「どういう意味?」 雅二郎「みんな、飯まだだろ。何か買ってくるわ。お前も来い」 雅二郎、立ち上がり、誠子の腕を掴む。 誠子「え、ちょっ……。お義兄さん、くれぐれも、よろしくお願いしますねっ!」 雅二郎について行く誠子。 勇一郎、青柳、深い息をつき、苦笑いを交わす。 チカ、二人が出て行く様子を追いかけて見届ける。 青柳「あ、ちょっと失礼します(携帯を出してメールを打つ)」 チカ「ジロちゃんの奥さん、何であんなに偉そうなの?」 三郎「偉そうって言うか、誠子さんがこの中で一番年上なんだよ。俺ら見てるとイライラすんじゃない? お義姉さんもあんな気が強い義妹(いもうと)、やり辛いよねえ。イチロ兄ちゃんがもっとビシッと言ったらいいのに」 勇一郎「お前なら言えるか」 三郎「(笑顔で)無理かな」 チカ「でもでも、ジロちゃん、鞠ちゃんには優しいよね」 三郎「ジロ兄ちゃんはお義姉さんのファンだから」 チカ「そなの?」 三郎「だっていい奥さんだよー。優しくて控え目でさ」 チカ「(不満そう)じゃーあ、サブちゃんも鞠ちゃんみたいな奥さんがいいの?」 三郎「うん?」 チカ「チカ、全然鞠ちゃんみたいじゃないもん」 三郎「俺はチカみたいな奥さんがいい」 チカ「やーん、それってプロポーズっぽい〜」 三郎「ホントだねぇ。……あ、そうかも」 チカ「え?」 勇一郎「え?」 青柳「え?」 三郎「結婚、する?」 チカ「……うん!」 三郎に抱きつくチカ。 勇一郎、青柳、呆気に取られながらも、拍手をする。 勇一郎「おめでとう!」 三郎「はは、ありがとー」 勇一郎「そうか、三郎が、結婚か……」 三郎「いやー、人生何が起こるか分かんないねー。チカ、イチロ兄ちゃんちみたいなあったかい家庭作ろうなっ」 チカ「うんっ……(チカ、泣き出す)」 三郎「どした?」 チカ「だあって、嬉しいし、ビックリしたし、サブちゃんかっこいいし……」 三郎「バッカ、照れるじゃん」 三人、はしゃぐ。 青柳「……あのう!」 全員が青柳に注目。 青柳「大変おめでたい時に申し上げにくいのですが、そろそろ、告別式のお話を……」 勇一郎「あ」 三郎「ああ」 チカ「忘れてたねぇ」 全員、顔を見合わせて苦笑い。 三郎「俺ら、ばあちゃんとこ行ってるわ」 チカ、先に出て行く。 勇一郎「三郎」 三郎「ん?」 勇一郎「茜、来てるんだ」 三郎「茜って……。は? あの茜? え? 呼んだの?」 勇一郎「まさか。こちらの会社で働いてて、ばあちゃんの化粧しに……」 青柳、礼。 三郎「ははっ」 チカ「どしたの?」 三郎「いいや、別に。んじゃ、イチロ兄ちゃん、頑張って」 三郎、出て行く。 勇一郎「すいません、騒々しくて」 青柳「いやいや、分かりますよ。ウチも家内と娘が強くて。女性の多いお宅はどこも同じですよ」 勇一郎「(苦笑)はは……。ええと、あの、じゃあ、何から決めればいいんでしょうか」 青柳「はい! ではまず、お経をお願いするお寺のご住職に電話してご都合を聞いていただいて、ホールの空き日と照らし合わせて正式に日取りを決めます。火葬場は……(書類を出す)こちらの二箇所から選んでいただいて、火葬する窯をこちらの三箇所から選んでいただいて、骨壷はこちらの四種類から選んでいただきます」 勇一郎「二箇所と、三箇所と、四種類……」 青柳「はい!(勇一郎に接近し、机に書類を広げだす)あと、会葬礼状のサンプルがこちら。会葬者の方にお配りする粗品はこちらから。通夜料理はこちらから……」 次々とパンフレットを出す青柳。 呆然としている勇一郎。 暗転。 |