たまトザ第2回公演
お気に入りの楽園
作・演出 坂本みゆ
(後半)
【CAST】
高根沢春 /
沢谷有梨
小野英子/
佐藤楽
御蔵なつみ・かなえ/
壱智村小真
白田友美 /
木村こてん
樋口芙美子/
田中結子
栗田衛/
斉藤和彦



仕事机で書類にペンを走らせる春。
ソファでテストの採点をしている衛。


衛「中島、62点。よし、次、戸田! あー、まだ分かってないな。通分しろって言ったの に……(採点をする)38点! うわ、惜しい! もう一息……っと」

春「……嫌な感じだわ」

衛「おっし、中村っ。お、おお? やるね、やるねぇ〜。ほっほっほ」

春「うるさいんですけど」

衛「やりました、ついにやりました! 中村、100点まんてーん! バンザーイ、バンザ ーイ、バンザー……」

春「いい加減にして下さい!」

衛「……あ」

春「どうしてあなたがここにいるんですか」

衛「どうしてって……。今日も白田さんに門前払い受けちゃいまして」

春「なら帰ればいいでしょう」

衛「でも、名目上は『先生にご面会』ってことになってますから、顔くらいは出さないと」

春「そんなところに気を遣うくらいなら来院しないで下さい」

衛「まあまあ、ここなら白田さんもカウンセリングに来ますから、運がよかったら話が出 来るし」

春「この部屋は他の方のカウンセリングもあるんです」

衛「まあそれはそうなんですけど……。今のところどなたもいらっしゃらないし。それに テストの採点もありますので、ちょっと机がほしいなーと……」

春「そういったことは学校でお願いします」

衛「そうしたいのは山々なんですけどね。学校では雑用もあって中々出来るもんじゃな いんですよ。うっかり職員室で座ってると体育倉庫の整理に借り出されたり、花壇の水 撒き頼まれたりしましてね。先生は、ご自宅に仕事を持ち帰ることはありませんか?」

春「それはありますけど、ここはあなたの自宅ではありません」

衛「もちろんですよ! そう思ってるからこそ手土産を持って来てるんじゃないですか。 お嫌いですか? 甘い物」

春「持って来た人物ほどは嫌いじゃないです」

衛「素直じゃないですねえ」

春「時と場所と、相手によります」

衛「それが素直じゃないって言ってるんですよ」

春「このうえなく素直なんですけど」

衛「またまた〜」


かなえ、入ってくる。


かなえ「春ちゃん、いい?」

春「ああ、かなえさん。もう時間ね、ごめんなさい」

かなえ「おばさん、また騒いでたわよ。あれ何とかならないのかしら、うるさくって…… (衛に気付く)……誰?」

衛「栗田衛と言います。白田先生の同……あ!」

かなえ「どう?」

衛「ど……道産子の、兄です!」

かなえ「……?」

春「あ、わざわざ……北海道からいらしたの。ほら、どこから見ても道産子でしょう?」

かなえ「ふうん」

春「さ、お兄さん。カウンセリングを始めますのでそろそろ」

衛「あ、そうですね。いやあ大変参考になるお話をありがとうございました」

春「どうぞお気をつけて……」

かなえ「ね、春ちゃん。私、お兄さんとお話したい」

春「え?」

かなえ「ね、いいでしょ。どうせ私の持ち時間なんだもの」

春「かなえさん、ダメよ、ワガママ言っちゃ」

衛「僕の方は全然構わないですよ」

春「こっちが構うんですけど」

衛「これ、お土産なんですけど、よかったら。甘い物はお好きですか」

かなえ「大好きよ」

衛「それはよかった。どうぞどうぞ。あ、先生、お茶なんか頂けますかね」

春「は?」

かなえ「そうね、飲み物がないと喉が詰まっちゃうわ。春ちゃんも一緒に食べましょう よ」

春「私は結構です」

かなえ「ええー」

衛「(真似して)ええー」

春「……気持ち悪いです。私は樋口さんの様子を見てきます。時間内であれば、どうぞ ごゆっくり」

衛「あの、先生」

春「私は結構です!」

衛「いや、お茶を頂けますか」

かなえ「この間のそば茶がいいな」

春「……小野さんに持って来させます」


春、出て行く。
かなえ、衛、笑う。


かなえ「あー、面白かった! やるわね、お兄さん。春ちゃんを言い含めるなんてなか なかのものよ」

衛「どういたしまして」

かなえ「あたしは御蔵かなえ。よろしく」

衛「よろしく」

かなえ「でもよく入れたわね。ここ、家族以外面会禁止で男子禁制なのに。ホントのとこ ろ、トモちゃんとはどういう関係?」

衛「トモちゃん? かなえちゃん、白田先生と仲がいいの?」

かなえ「ううん、あたしは喋ったことはないわ。……なつみが、たまにね」

衛「なつみ?」

かなえ「あー、姉妹みたいなって言うか……」

衛「姉妹でここにいるの?」

かなえ「やな言い方」

衛「あ、ごめん」

かなえ「まあいっか。なつみはあたしのオーナー。公式的な人格なの」

衛「公式って……」

かなえ「あたしは本来はいない人間。なつみが一人になるためにあたしを作ったの。だ から、オーナー」

衛「それって、二重人格?」

かなえ「分かりやすく言うと、そゆことね。あっちはトモちゃんと話したことあるみたい よ。なつみは大人しい子だから会話になってなかったかもしれないけどね」

衛「どんな話をしたんだろう」

かなえ「聞かなかったわ。興味ないもん。トモちゃんて普段は殆ど部屋から出てこない し、ここの出入りですれ違っても逃げるみたいに部屋に戻るし……なつみと似ててイラ イラするのよ」

衛「ふーん……」

かなえ「で、お兄さんは何者? 兄でも弟でも父親でもないのは分かるけど」

衛「……分かります?」

かなえ「分かるわよ」

衛「どうして?」

かなえ「名字が違うのは家庭の事情を考慮するとしても、北海道から駆けつけた格好 じゃない。コートも持ってないじゃない。持って来たのはミスタードーナツ? それに、北 海道の人って結構訛りがあるのよ、それも全然ないし」

衛「なるほど」

かなえ「ね、どうしてマモちゃんはここに入って来れるの?」

衛「マモちゃん?」

かなえ「気に入らない? ならクリリンでもいいけど」

衛「や、別にハゲてないし、チビでもないんでクリリンは……普通に呼んでくれていいん だけどな……」

かなえ「ナニ、普通って」

衛「だから……」

かなえ「『栗田さん』とか『衛さん』って呼ぶのが『普通』なの? それが正しいことなの?  そうしないからあたしはここにいるって言いたいの」

衛「いや、そんな」

かなえ「お兄さん、少しは面白い人かと思ったのに。普通なんて言葉、あたしは大っ嫌 い。和田アキコは『アッコさん』で木村拓哉は『キムタク』で長谷川京子は『ハセキョー』 じゃなきゃいけないの? いいじゃない、好きに呼べば。あたしはあたしの呼びたいよう に呼びたいの。さまぁ〜ずは『バカルディー』だし、くりぃむしちゅーは『海砂利水魚』だ し、我修院達也は『若人あきら』なのよ!」

衛「……かなえちゃん、君いくつ?」

かなえ「……女性に歳を聞くもんじゃないわ」

衛「……それは重ね重ね失礼」

かなえ「で、どうする?」

衛「ん?」

かなえ「今のところ、マモちゃんとクリリン以外の候補はないの」

衛「……じゃあ、マモちゃんで」

かなえ「オッケー。じゃあ話を戻すけど、マモちゃんはどうしてここにいるの?」

衛「切り替えが早いね」

かなえ「言いたいことは言ったからね。満足したの」

衛「もうすぐ卒業式なんだ。……白田先生にも出て欲しくて、それで説得しようと通って 来てるんだけど……」

かなえ「トモちゃんは会ってくれない?」

衛「……ああ」

友美「あのう、失礼します」


友美、入ってくる。


衛「白田先生」

かなえ「今日は」

友美「……あの、高根沢先生から栗田先生が"まだいる"って聞いて……」

かなえ「見てのとおりね」

友美「……あの、栗田先生」

衛「はい」

友美「この間、もう来ないで下さいと言った筈ですが……」

衛「ええ聞きましたよ。でも、僕もまた来ると言ったので」

友美「迷惑なんです。それに、なつみさんにもご迷惑だし……」

かなえ「あいにく、今はかなえですけど」

友美「あ、かなえ、さん……ごめんなさい」

かなえ「座ったら?」

友美「え?」

かなえ「今はあたしの時間なの。入って来た以上、言うことは聞いて貰うわよ。はい、座 って座って」


友美にソファを勧める。戸惑う友美。


かなえ「ね、お茶、遅いわね」

衛「そう言えば……」

かなえ「ちょっと見てくるわ」

友美「かなえさん」

かなえ「わざと2人にする訳じゃないわよ。さっき、ホントに春ちゃんにお茶頼んだんだも の。ねー、マモちゃん」

衛「あ、ええ、まあ」

かなえ「すぐに戻ってくるわよ。あたしに聞かれたくないことは、今のうちに話しておい て」


かなえ、出て行く。


衛「ホントにお願いしたんですよ。いや、図々しいとは思ったんですけど、彼女の勢いも あって……」

友美「……ふふっ」

衛「え?」

友美「あ、ごめんなさい。だってかなえさん、栗田先生のこと、『マモちゃん』って」

衛「ああ。いやあ、テレますね。最近は生徒からあだ名で呼ばれることもないですから」

友美「でも、前に『パンジー』って呼ばれていたこと、ありましたよね」

衛「ああ、あれは……」

友美「花壇のパンジー、先生が咲かせていらっしゃったんですね。私、全然知らなくて ……」

衛「え」

友美「先生みたいに優しい心を持っていたら、きっとクラスでイジメなんてないんでしょう ね。私、本当に恥ずかしくって……」

衛「白田先生」

友美「先生のことは心から尊敬してるんです」

衛「ち、違うんですよ! あの花壇は僕じゃなく、用務員さんの管轄だし。そりゃ、手が 空いてて頼まれたら水遣りくらいは手伝いますけど……」

友美「……でも生徒達は『パンジー』って」

衛「チンパンジーですね、それは」

友美「……」

衛「……見たまんまで、恐縮です」

友美「……ああ……チンパンジー……」

衛「すいません」

友美「いえ、そんな。しょう、がないですよね、見たまんまなんですし」

衛「え?」

友美「え?」


気まずい二人。


友美「……あのう」

衛「あ、はい」

友美「封筒、受け取りました。そのうえ、何度も足を運んで頂いて、ありがとうございま す(礼)」

衛「そんな、僕が勝手に……」

友美「いろいろして頂いても私、この間もお話したとおり、学校は辞めるつもりなんで す。それにここは家族以外の男性は来院禁止です。他の患者さんたちから先生に苦 情が出ているようなんです」

衛「あ……」

友美「ですからもう、私のことは気になさらないで下さい」

衛「気になります」

友美「そりゃ、私みたいに出来が悪いといろいろおっしゃりたいこともあるでしょうけど」

衛「あの、僕はですね。ただ同僚としてだけ白田先生のお見舞いに来ている訳ではな く、その、何と言いますか」

友美「……」

衛「(鞄を探る)あれ? 確かここに(探し当てる)……あっ、あった!」

友美「栗田先生?」

衛「僕は、堂々と白田先生に面会に来れる関係になりたいと言いますか、だから要す るに親族と言いますか、極めて近しい間柄と言いますか……、ああ、全く要してないで すね、すいません。今度は要します。要するに、白田先生、いや、白田友美さん!  (指輪ケースを開けながら)……僕と結婚して下さい!」

友美「……」

衛「……」

友美「すいません。受け取れません」

衛「ええっ!」

友美「私にそんな資格はありません」

衛「結婚に資格なんてないですよ! 先生が『家庭料理技能検定』を持ってなくても全く 問題ないです」

友美「は?」

衛「因みに僕は先日、2級に合格しました。大根のかつら剥きならお手の物です!」

友美「はあ……」

衛「そうだ、今度ぜひ先生に食べて頂きたいなあ、僕の作った厚焼き玉子。かつおを 利かせたダシを多めに入れてですね、フライパンにたっぷり油を引いて、こう、ふわっ と……」

友美「頂くことはないと思います」

衛「玉子、お嫌いですか。じゃあそうめんを砕いて衣にした海老のすり身揚げなんかは ……」

友美「お料理の話をしているんじゃありません」

衛「ああそうでしたね、と言う訳で、僕は一切ハードルを設けていない男です。どうぞ余 計なご心配なく」

友美「ですから私は……」

衛「白田先生、ぜひ僕と……」

友美「受け取れません!」


友美、指輪ケースを払い除ける。ケースが春の机の方に飛ぶ。
慌てて席を立つ衛と友美。


友美「すいません、私……」

衛「いや、僕の方こそ突然で」

友美「ええ、突然です」

衛「それはそうなんですけど、僕は本気です」

友美「私も、冗談でお返事した訳じゃありません。あ、ありました!」

衛「ホントですか!」


かなえ、英子、ポットを持って入ってくる。


かなえ「おまたせ〜」

英子「何してるんですか!」

衛「いや、探し物をしてまして」


友美、衛から離れる。


英子「先生の机に勝手に触れないで下さい!」

衛「ああ、もう見つかりましたから……(ケースを開けて、中味を確認)ああっ!」

友美「先生?」

衛「な、ない! 指輪が!」

友美「ええっ!?」

かなえ「指輪?」

衛「(テーブルや机の周りを探し回る)ない、ない、ない!」

英子「ちょっと。止めて下さい! あとで見つけたらご連絡しますから」

衛「ただの指輪じゃないんですよ、あとじゃ困るんです」

かなえ「どうして?」

衛「白田先生へのエンゲージリングなんです」

友美「栗田先生!」

かなえ「やだ、勿体無い」

衛「勿体無いとか、そういう問題じゃないでしょう! エンゲージリングですよ!?」

かなえ「だから、『プロポーズの瞬間を見逃したのが勿体無い』って意味よ。ね、何て言 われたの?」

友美「……さあ」

衛「ええっ! さっき言ったばかりじゃないですか!」

かなえ「ちょっと落ち着けば? 本当に忘れてる訳ないでしょ」

衛「ああ、そうか、そう言うことか」

英子「あの、どうしてエンゲージリングがこんなところに転がってるんです」

かなえ「サプライズにしたの? にしちゃあ要領が悪いけど」

友美「いえ、跳ね除けたら飛んでしまって」

かなえ「なんだ、振っちゃったんだ」

衛「ちょっ……、勝手に決着しないで下さいよ。まだ振られてませんよ」

かなえ「そうなの?」

友美「じゃあもう1度」

衛「いやいや、いやいや、いやいや」

英子「(指輪を見つける)これですか?」

衛「ああ、それです! よかったぁ。(ケースに入れ直す)……では改めて、白田友美さ ん!」

友美「お断りします」


衛、固まる。


かなえ「……ゴングがなった瞬間、膝蹴りが顎に決まったわね」

英子「見事なカウンターでした」

友美「……先生には、もっと素敵な方がいらっしゃると思います。失礼します」


友美、走って出て行く。


かなえ「英子さん、お茶にしましょう」

英子「ええ」

かなえ「マモちゃんもまあ、座ったら?」

衛「(フラフラとソファに座る)……」

英子「あ、いけない。このお湯呑み、欠けちゃってる。ちょっと新しいの取って来ますね」

かなえ「いってらっしゃ〜い」


英子、出て行く。


かなえ「マーモーちゃん。そんなに落ち込まないでよう。たった1回振られたくらいで」

衛「普通、考えさせて下さいとか言うよなあ。即答だなんて、全くの対象外ってことなの かな……」

かなえ「そうかしら。『先生にはもっと素敵な方がいらっしゃると思います』……なーん て、すごい思いやりじゃない」

衛「そう……思う?」

かなえ「元々どうだったの? 脈はあったの?」

衛「僕としては、日々さり気ない、先生のご迷惑にならないよう十分に配慮してアピール してたつもりなんだけど……」

かなえ「さり気なすぎたのかもね。トモちゃん、鈍そうだし。……ちょっと、元気出しなさ いよ」

衛「頭をハンマーで割られたようだ。いや、割られたのかもしれない」

かなえ「血は出てないわよ」

衛「見えてないだけだよ。僕の心は血の涙を流してるんだ」

かなえ「それ、ハンマーと関係ないんじゃない」

衛「……あーあ……。いっそ本当にハンマーで殴られた方がマシだ。8人目の被害者に なりたい気分だなあ」

かなえ「……8人目?」

衛「あれ、知らないの? 最近報道されてる連続通り魔事件。この辺物騒なんで、気を つけた方がいいよ。あ、でも、女性は平気かな。被害者は男性ばかりだから」

かなえ「全員、男性……?」

衛「うん。早く捕まえて貰いたいよ」

かなえ「……」

衛「かなえちゃん?」

かなえ「……痛っ……」

衛「あの、どうか……」

かなえ「痛っ、痛いってば、なつみ! 分かったから、ちょっと待って!」

衛「かなえちゃん、大丈夫? ごめん、僕が通り魔の話なんかしたから気分悪くなっち ゃった?」

かなえ「違うの、黙ってて」


衛、あたふたと様子を伺う。
かなえ、呼吸を整える。なつみに変化。


衛「あの、僕、先生呼んで来くるから」

なつみ「待って!」

衛「かなえちゃん?」

なつみ「……話してくれませんか」

衛「……え?」

なつみ「私、御蔵なつみと申します」

衛「あ、ああ……え!?」

なつみ「今のお話、詳しく聞かせて下さい」


暗転

英子、入ってくる。
部屋にはなつみ1人。


英子「あら? かなえちゃん1人? さっきの方は?」

なつみ「……帰って貰いました」

英子「……あなた、なつみちゃん?」

なつみ「……」

英子「何かあったの?」

なつみ「英子さんも先生も、嘘をついてる」

英子「……」

なつみ「連続通り魔事件は、現実に起こってるのね」

英子「なつみちゃん……」

なつみ「やっぱり私が犯人なんじゃないの? 英子さん、私が寝てるのを見たって本当 なの? だったらどうして事件は起きてるの」

英子「なつみちゃん、落ち着いて」

なつみ「あの人言ってたわ、もう7人殺されてるって。状況も全部私が先生に話したのと 一緒だった」

英子「なつみちゃん、落ち着いて。お願い」

なつみ「私が殺したんでしょう? どうして嘘をつくの!」

英子「なつみちゃん、私の目を見て」

なつみ「英子さん……」

英子「大丈夫、何も心配要らないわ、あなたは何もしていない。大丈夫よ」

なつみ「何も……?」

英子「そう、何も。……あなたはその日、ちゃんとベッドで眠っていたの。気持ち良さそ うだったわ。きっと、いい夢を見ていたのね」

なつみ「いい、夢……」

英子「そう、夢よ。全部夢のお話。だから何も考えないで眠りなさい」

なつみ「……(目を閉じる)」

英子「ごめんなさいね、でも、大丈夫よ。あなたは本当に、何もしていないんだから… …」


春、物陰から見ている。


春「……何をしたの」


振り返る英子。


英子「……」

春「小野さん、今、なつみさんに何をしたの(なつみの様子を窺う)」

英子「……別に何も。なつみさん、栗田さんに事件のことで何か吹き込まれたようで、 大分興奮していたんです。あの人はもう院内に入れないよう、警備に強く要請しておき ます。よろしいですよね?」

春「催眠暗示を掛けたの」

英子「……すっかり自分が犯人だと錯乱していたので……。でもなつみさんは事件の 日、ここから出ていないんです。そのことは当直だった私が証明出来ますから、先生は 心配なさらないで下さい。あ、そば茶、お飲みになりますか?(お茶を淹れようとする)」

春「偶然にしては少し、おかしいと思っていたの」

英子「何がですか」

春「事件は全て、あなたの当直日に起きているわ」

英子「……先生?」

春「……あなたがやったのね」

英子「……」

春「誰か殺す度に、催眠暗示でその記憶をなつみさんに植え付けてたんでしょう」

英子「……」

春「もしなつみさんが、本当に自分のせいだと思い詰めて自首したとしても、彼女は全 ての事件の夜、院から出ていない。それをあなたが証言する。そうすれば同時にあな たも嫌疑から逃れることが出来る」

英子「……」

春「……否定しないの、私の言ってることを。ねえ、小野さん」

英子「私ではありません」

春「……(表情を和らげる)」

英子「そう言ってあなたが楽になるのなら、何度でも言います」

春「……小野さん」

英子「私じゃありません」

春「……っ、どうしてそんなこと!」

英子「大きな声を出さないで下さい。……せっかく眠ったのに、起きてしまいます。暗示 をかけた後で無理に起こすと、精神に分裂をきたすこともあるんですよ、先生ならご存 知でしょう?」

春「……なつみさんがどれだけ心を痛めていたか、あなたは知っていたじゃない。どう してそんなことが出来たの」

英子「実際に殺した訳じゃないんです。いいじゃないですか、悪夢を見たんだと思えば」

春「……(絶句の様子)」

英子「私には必要なことだったんです」

春「……何が、不満だったの」

英子「不満なんて、何も」

春「じゃあどうして」

英子「……分かりませんか? そうね、私が勝手にやったことだもの。不満があったの はむしろ、先生、あなたの方でしょう」

春「小野さん……?」

英子「……あなたのために殺したの」

春「……私の……?」

英子「ええ。……いくらでも殺せるわ。男はバカだから嫌いなんでしょう? あなたの父 親は大声を出してすぐにあなたを殴ったんでしょう? 大丈夫。私がずっと側にいてあ げる。守ってあげる。もう誰にもそんなことさせない」

春「そんなこと、頼んでないわ。それに私の父はもういない」

英子「そうよ、頼まれてなんかいない。でもあなたは今でも怖いんでしょう?だってここ で眠ってる時、たまにうなされてるわ」

春「……(無意識に腕を押さえる)」

英子「うなされて、私の腕を強く握るの。抱きしめてあげたら安心したようにまた眠って ……。他の人には想像も付かないでしょうね。そんな弱いあなたがいるなんて。ほら、 それもクセになってる。痛むんでしょ、父親に付けられた傷が。可哀想、せっかく綺麗 な白い腕なのに」

春「どうしてっ……」

英子「黙っていて。あなたが話さなければ、誰にも分からない。言ってたでしょう、ここを 警察に掻き回されるのは嫌だって。それは私も同じ」

春「ふざけないで頂戴」

英子「あなただけだった、私を助けてくれたのは。私の話を聞いてくれたのは。みんな が私を無視してもあなただけは変わらなかった。毎日笑って『おはよう』って言ってくれ た。その笑顔のためなら私は何だって出来る」

春「誰の、話をしてるの……」

英子「誰って……」

春「学生の頃のあなたを助けたのは私じゃないでしょう」

英子「いいのよ、隠さなくても。あなたは昔からテレ屋だったものね」

春「よく聞いて。それは、私じゃないわ。ねえ、分からないの?」

英子「分かるわよ。あなたよ……」


春、机上の電話を取る。


英子「何するの、止めて!」


英子、止める。揉み合う2人。


春「あなたは罪を犯してるのよ。きちんと償うべきなの。7人も殺して、いつまでも逃げら れやしないのよ」

英子「違う!」

春「何が違うの」

英子「逃げようなんて思ってないわ。警察に捕まったら、もう殺せなくなる。あなたを守 れなくなる。それはダメ、絶対にダメ!(電話線を引き抜く)」

春「小野さん」

英子「あなたには私が必要なの。何も心配しなくていい、全部私がやってあげる。一人 ずつ、殺していくわ。あなたの周りからあなたの父親みたいな男はみんな消してあげ る。みんなあなたのためなのよ」

春「だから違うの。小野さん、しっかりして……痛っ!」


春、ころぶ。英子、春の首に手をかける。


春「小野さ……」

英子「今まで通りでいいの、他には何も望んでない。あなたと一緒にいたいだけなの」

春「うぅっ……」

英子「どうして壊そうとするの。何もかも上手くいってるわ、これでいいじゃない。……ね ……、お願い、私の邪魔をしないで!」

春「あぁ……」


春、意識を失う。


英子「どうして違うなんて言うの。私は、あなたに喜んで欲しかっただけなの。ねえ、笑 って。お願い、笑って……」

なつみ「殺さないで……」


英子、驚いてなつみの方を見る。
なつみ、ソファから動けず。目線は英子に。


なつみ「英子さん、もう、誰も殺さないで……」

英子「……」


英子、なつみに歩み寄る。


なつみ「先生を、殺したの? 私も、殺すの……?」

英子「なつみ・ちゃん……」

なつみ「大好きなのに……」


窓に向かう英子。


なつみ「英子さん……?」

英子「ごめんなさい……」


暗転。
ガラスの割れる音。

□   □   □

机で新聞を広げている、なつみ。
衛、入ってくる。


衛「失礼しまーす。先生、ご無沙汰してます」

なつみ「……」

衛「先生?」


友美、入ってくる。


友美「おはようございます。あ、衛さん」

衛「おはようございます。はい、お弁当(弁当を出す)」

友美「すいません、今日、どうしても取りに寄れなくて」

衛「気にしないでいいよ、僕も久し振りにいい空気が吸えたし」

友美「学校の方、大丈夫ですか?」

衛「ええ、今年は副担任ですから、楽なモンですよ。あ、昨日いんげん残してたでしょ う、今日も入れたからね」

友美「でも苦いんです」

衛「ちゃんと工夫したよ。苦くないようにゴママヨネーズで和えたから。栄養バランス考 えてあるんだから、食べなきゃダメだよ」

友美「……はぁい」

なつみ「(新聞を下ろす)……暑苦しいんだけど」

衛「おおっ、かなえちゃんだったのか、てっきり先生かと……」

なつみ「ハズレです」

衛「え?」


友美、なつみの背後に立つ。


友美「なつみさんですよ」

衛「ええっ? あの大人しかった?」

なつみ「その、大人しかった」

友美「私も最初気付かなくてびっくりしたの」

衛「しばらく会わないと随分変わるもんだね」

なつみ「まだたまにかなえを呼びそうにはなるけど……。元々かなえは私なんだから、 私がかなえになれないはずないって思うの。先生も強く思うことが大事だって言ってくれ たし、それに……やりたいことが出来たから、いつまでもここにいられないわ」

衛「そう……」

友美「なつみさん、準備は終わったの?」

なつみ「ええ、トモちゃんと一緒よ。後は着替えるだけ」

友美「あ、いっけない。(春の机の上の書類を取る)うん、これこれ。なつみさん、後で受 付に来て下さいね。書類の準備をしておきますから。衛さん、先生もうすぐいらっしゃい ますけど……」

衛「じゃあ待たせて貰おうかな」

友美「なつみさんも、あまりゆっくりしてちゃダメですからね」

なつみ「はぁい」


友美、出て行く。


衛「着替えって、外出?」

なつみ「そうよ。長期の」

衛「じゃあ……」

なつみ「退院するの、今日」

衛「へえ、おめでとう!」

なつみ「どうもありがとう」

衛「これからどうするの」

なつみ「私、ここにいる間随分英子さんに甘えてたの。だから今度は、私が役に立ちた い」

衛「英子さん喜ぶよ、きっと」

なつみ「……どうかしらね」

衛「何だって出来るよ。まだまだこれからだ」

なつみ「そうね」


春、入ってくる。


春「おはようございます。あら、栗田さん。どうされたんですか」

衛「どうもご無沙汰してます。友美さんにお弁当を届けに来ました」

春「ああ……お預かりしますか、それとも呼んで来ましょうか」

衛「いえ、さっき会いましたから」

春「そうですか。毎日作ってあげてるそうですね」

衛「ええ、せっかく退院したけど彼女1人暮らしですからね。先生が毎日の食事はとても 大事だとおっしゃっていましたし、ここは僕の出番かなって。あ、この間、2人で横浜に 行ったんですよ。いやデートって言うかね、……デートですけどねえ。写真、見ます? (鞄を探る)」

春「え」

なつみ「見たい見たい、見せて」

春「(小声)別に見たくないけど」

なつみ「(小声)いいじゃないですか、見せたくてしょうがないんですよ」

衛「ほらほら、綺麗でしょう? いや、夜景ももちろんですけど。この友美さんの笑顔。 すっごく喜んでくれたんですよ〜」

なつみ「わあ、ホント。まるで恋人同士みたい」

衛「まあ、まるでって言うか、それも時間の問題って言うか」

なつみ「ね、マモちゃん、これ、何でマモちゃんだけ前に出て撮ってるの?」

衛「いや、並んでるんだけど……」

なつみ「……さて、着替えて来ようかな。はい、先生。じゃあね〜」


なつみ、出て行く。


春「……ホント、写真だとまるで恋人同士ですね」

衛「待ってて下さいよ、そのうち新婚夫婦の写真をお見せしますからね。ああ、写真じ ゃなく、その時は是非先生も式に出席して頂きたいなあ」

春「実現してから考えさせて頂きます」

衛「ええぜひ。あの指輪が陽の目を見るのもそう遠くはないですよ」

春「私にはそう近くないように見えますが」

衛「え?」

春「あ、アルバイトの件ですが、やっと常勤の方が決まりましたので、友美さんには今 週いっぱいと言うことでお話しました。何でもこのあと、図書館にお勤めになるとか… …」

衛「ええ。図書館でやっているボランティアで、子供達に絵本を読んで聞かせるんで す。まだ、大勢の子供達の前に立つのは抵抗があると言うので紹介しました」

春「そうですか……」

衛「でも、バイトは終了してもたまに顔を出しに来ますよ。もちろん2人で」

春「いいえ」

衛「え」

春「白田さんは、日常生活に復帰されたんです。今回はやむを得ずお願いしましたが ……。何もないのであれば、ここへは立ち入らないで下さい」

衛「先生」

春「ここは、そういうところです。大勢で楽しく集まる場ではありません」

衛「……分かりました」

春「……これからも白田さんを支えてあげて下さい」

衛「ええ、それはもう。いやあ、愛の力は何にも勝るんですよ!」

春「毎日のお弁当に釣られてるって噂もありますが」

衛「無論、それも愛ですよ」

春「……確かに、筍と蕗の炊き合わせはお見事でした」

衛「そうですか、お口にあって何より……あ、ダメですよ先生。僕はかたーく心に決めた 人が……」

春「そういったご心配は、一切なさらないで下さい」


芙美子、入ってくる。


芙美子「はいはい、ちょっと、お邪魔しますよ。あら、お兄さん、ごきげんよう〜。妹さん にはいつもお世話になってます。田島と申します」

衛「田島、さん……?」

芙美子「トモちゃんから北海道のお兄さんが来てるって聞いて、ご挨拶くらいはと思って ね。妹さんにはお世話になってるんですよう。今はもちろんですけど、妹さんが入院さ れてた時は部屋もお隣でねえ」

衛「ああそうですか! それはそれはご丁寧に」

芙美子「よかったねえ、トモちゃん元気になって。さっきもね、あたしみたいに二度と戻 ってくるんじゃないよって発破かけといたから」

衛「え、戻って……」

芙美子「あははははは。長い人生、ちょっとの回り道は買ってでもするもんだよう! で もね、今度は大丈夫。誰にも迷惑掛けないように身軽になってから来たからね」

衛「ええ?」

春「田島さん、関係ない方にわざわざ話さなくていいんですよ」

芙美子「いいじゃないか、話した方がパーッと、こう、勢いがつくモンだよ! あのね、ど うも当分治りそうにないし、旦那や娘に苦労掛けるの申し訳ないじゃないか。だから ね、ここ来る前にすっぱり別れちゃったんだよ。もう、ここの長老になろうかと思ってね え。居心地がいいのなんのって」

春「そんなこと宣言しないで下さい」

芙美子「何よ、春ちゃんはあたしを追い出したいの」

春「1度退院した方が戻ってくるのは、私の処方ミスになります」

芙美子「プライドが許さないかい?」

春「これでも少々、ヘコみます」

芙美子「はっはっはっ! やーねぇ、春ちゃん。みんなあんたが頼りなんだからしっかり やってくれないと!」

春「常に善処してますよ」


なつみ、英子、入ってくる。なつみ、着替え済み。
英子の手にはスケッチブック。


なつみ「先生、そろそろ時間でしょ、連れて来ちゃいました」


なつみ、英子をソファに座らせる。


春「書類は?」

なつみ「受付でトモちゃんが用意してくれてるの。(手に持っている白衣を春に渡す)は い」

春「……」

なつみ「長い間お世話になりました」

芙美子「全く、清々するよ。あんたがいなくなると」

なつみ「またね、おばさん」


なつみ、英子の側にしゃがむ。


なつみ「ここで待っててね。約束よ」

英子「やく・そく……」

なつみ「そう、約束」


なつみと英子、指切り。


なつみ「あ、マモちゃん。部屋にもうちょっと荷物があるの、運ぶの手伝って欲しいんだ けど」

衛「ああ、いいよ。もう帰るところだし」

春「私も手伝いましょうか」

なつみ「いいの。先生は英子さんと一緒にいてあげて」

芙美子「どれ、じゃああたしも見送りくらいしてやろうかね」

春「なつみさん」


春、鞄から白衣を出す。


春「あなた用よ」

なつみ「……どうもありがとう。……先生、私、また……来るから」

春「……待ってるわ」


なつみ、芙美子、出て行く。


衛「それじゃ、失礼します。いろいろとお世話になりました」

春「どうぞお幸せに」

衛「先生も。ああそう言えば例の通り魔、まだ捕まってないんでしょう? 今度は20代後 半の女性ばかりが狙われてますから、先生も気を付けないと」

春「私は大丈夫です」

衛「そう思ってるのが1番危ないんですよ。くれぐれも気を付けて下さい。それじゃ(礼)」


衛、出て行く。


春「私は……大丈夫なんです」


春、英子の前に座る。


春「今日は、英子さん」

英子「こん・にち・は……」

春「これ、昨日描いたの? 見てもいい?」

英子「……(頷く)」


春、スケッチブックを開く。


春「これは、英子さんね、こっちは?」

英子「春・ちゃん……」

春「そう……」

英子「2人で遊ぶの。誰も入って来れないバリヤーがここにあるの」

春「でも、それじゃあ、なつみちゃんは?」

英子「なつみ・ちゃん……?」

春「そうよ、さっき約束したでしょう? なつみちゃんも仲間に入れてあげなくちゃ」

英子「……(首を横に振る)これでいいの。春ちゃんだけいればいいの。春ちゃんに は、英子がいなきゃダメなの。さみしくて泣いちゃうの。だから、(笑顔になる)……側に いてあげるの。ずーっと、一緒にいるの」

春「……そう。……英子さん、私のことは?」

英子「せんせい?」

春「ええ」


黙っている英子。


春「どうしたの?」

英子「……しない?」

春「……え?」

英子「せんせいは、邪魔しない?」

春「……もう誰も、邪魔はしないわ」

英子「ホント?」

春「ええ」

英子「じゃあ、好き。せんせいのこと、好き」


英子、スケッチブックに絵を描き始める。


春「ね、笑って」


振り返る英子。


春「笑って……」


笑い合う2人。
再び絵を描き始める英子。
暗転。

―― 終わり ――
                   


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