たまトザ 第5回公演
さよなら、地球人。
 作・坂本みゆ
演出・詞音

(後 半)
【CAST】
椿 蝶子(44)/
新明 茉璃
大倉 善(40)/
斉藤 和彦
三田島鈴子(38)/
栗原 絵理
掛井 永介(33)/
西垣 俊介
天野 ナイル(29)/
藤 水美流
松山 千歳(26)/
小野瀬 菜月
林 久市(26)/
篠原 佑騎
天野 まひる(22)/
壱智村 小真
楠田 重文(21)/
加藤 寛規
穴吹 由梨(18)/
座間 由紀


善、戻ってくる。
手に、厚紙の切れ端を持っている。

由梨「善さん」

重文「どうでした?」

善「食料庫の扉がぶっ飛んでた」

鈴子「ええっ!」

善「被害はたいしたことない。イモがこんがり焼けてたくらいだ。ただ……」

重文「ただ?」

善「あんなとこに火の気はねぇ。小型のプラスチック爆弾かなんか……。それも、内側からやられてた」

重文「内側って」

由梨「内側?」

善「やったヤツがこの船の中にいるってことだ」

由梨「うそぉ」

善「他のやつらは何してんだ」

重文「松山さんは主任さんを呼びに行って、戻ってません。ナイルさんは頭痛で椿先生と一緒にいるらしくて、まひるさんが呼びに行きました」

善「通信は」

鈴子「何が起こったか分かんなかったから、まだしてないよ」

善「バカか、お前は。他の船でも似たようなことが起こってるかもしれねぇだろ。こっちの状況がどうじゃなくって、周りがどうなってるか……。(イラつく)おい、ID貸せ」


善、鈴子のIDを借りてコクピットへ。
機器をいじるが、反応がない。


善「畜生ッ!」

重文「(コクピットへ)どうしたんですか」


善、スピーカーボタンを押す。


アナウンスの声「こちらの回線は、現在使用が出来なくなっております。契約をお確かめ下さい。こちらの回線は……」

由梨「さっきの爆発で壊れちゃったの?」

重文「食料庫の爆発で通信機が故障なんかしないよ」

由梨「じゃあ、なんなのよう」

善「黙ってろ! ……主任さん、何してやがんだ」

久市「僕、見てこようか?」

重文「動かないで下さい。出来るだけ全員一緒にいた方がいい。(善に)緊急回線は使えないんですか?」

善「(あちこち押してみる)そっちも同じだ」

由梨「あ、あたし、PNP持ってる!」


ポケットからモバイルを出し、操作。


善「PN……?」

重文「『PNP』、『パーソナル・ネット・パーティ』ですよ。政府が認定したある水準の階級だけが持てる、高級モバイルシステムです。世界中のセレブが参加するネットパーティーなんかに使えるそうですよ。僕、本物見たの初めてです(ちょっと嬉しい)」

善「ったく、ガキのくせに」

鈴子「どう? ニュース速報とか出てないの」

由梨「えーっとね、ちょっと混んでて繋がりにくい……。もう〜(あちこち操作する)」

重文「(善に)他の船でも何か起きてるってことでしょうか」

善「……(考え事をしている)」


千歳、入ってくる。


千歳「どんな状況ですか?」

善「こっちが聞きてぇよ。主任さんは」

千歳「出てこないんです。何度呼んでも返事がなくて」

重文「さっきの衝撃で頭を打って倒れてるとか……」

千歳「いえ、中で動いてる気配はあるんですけど……」

善「おい、姉ちゃん。こいつに見覚えは」


善、厚紙を千歳に渡す。


千歳「紙……ですよね。これが何か」

善「焦げてんだろ」

千歳「ええ、そのようですが」

善「爆弾の近くにあった」

千歳「爆弾!?」

善「食料庫で爆発してたんだ。この紙で出来た袋か箱に入ってた可能性が高い」

千歳「紙袋か、箱……。箱?」


千歳、紙を見て動きを止める。


重文「松山さん?」

千歳「もしかして……。でも……」

重文「何ですか」

千歳「いえ、気のせいかもしれない……」

重文「知ってることがあるなら話して下さい。緊急事態です」

千歳「私がここに来た日、その、主任に……」

重文「主任さんに?」

千歳「箱を渡しました。課長から、主任に渡すようにと言付《ことづ》かっていて……。その箱の色に……」

重文「同じなんですか?」

千歳「いえ! 似てる気がしただけで……」

善「主任さんの仕業かよ」

千歳「そんな! 何のために」

善「こっちが聞きてぇって言ってんだろ!」

由梨「はあ!?」


全員、由梨を注視。


鈴子「ど、どうしたの?」

由梨「ヤバい。相当イタい。ってか、チョーありえんマンボーなんだけど」

善「何か分かったのか!」

由梨「日本政府のコメントが出てる。『今現在、宇宙にいる国民を全員地球に戻すのは不可能と判断した。ジンコーカタ(人口過多)で自然破壊が進み、やがて地球はカイメツ(壊滅)……してしまう。日本は世界平和をスイショー(推奨)する意思表示として、カソーカイキュー(下層階級)の国民を破棄することに決定した』」

鈴子「下層階級って……」

由梨「破棄が決まった船の名前が出てる。……『アマリリス』も」

重文「そんなの、国民が黙って受け入れる訳ない」

由梨「PNPにしか情報流してないみたい。持ってる人間はいい船に乗ってるから……。ここに名前が出てる船の人たちは、何も知らないまま……」

鈴子「船ごと爆破されるってこと!?」

重文「とんでもないことしてくれますね。日本政府」

由梨「嘘だよ。おじーちゃんはこんなことしない」

善「『決定した』って出てたんだろ」

由梨「でも、ホントは優しい人だもん」

善「てめぇの孫には優しくても、見知らぬ下々は知ったこっちゃねぇんだろ。まさか孫が『アマリリス』に乗ってるなんて思ってねぇだろうし……」

由梨「違うってば!」

重文「落ち着いて下さい。こんな決定、総理一人の意思で出来る訳ない。閣議の決定ってことでしょう」

善「(千歳に)……どういうことだ」

千歳「知りません、私は何も」

善「知らねぇ訳ねぇだろ! お前らのトップがやってることだろうが!」

千歳「本当に知らないんです! 私は箱を渡せと言われただけで……」

善「じゃあ主任さんが俺らを殺そうとしてんのか!!」

永介の声「待って下さい!」


永介、出てくる。
善、歩み寄り、胸倉を掴む。


重文「大倉さん!」

善「〜〜〜〜ッ!!(殴りかけるが止めて、床に叩きつける)」

千歳「(駆け寄る)主任!」

永介「(土下座)申し訳ありません!!」

重文「主任さん……」

善「やっぱりお前かよ……」

千歳「どういうことですか、主任。説明してください」

永介「食料庫を爆破したのは私です。上の……、命令で……。実は、この船は……」

由梨「捨てられるんでしょ、ゴミみたいに」


永介、由梨を見る。
由梨、永介に向かってPNPを示す。


永介「……穴吹さん。ああ、そうか、あなたは……。まさか、それを持ってる人間が、ここにいるなんて……」

善「ごまかしは通用しねぇぞ」

永介「そうですね。ちゃんと、お話しなくては……。(深呼吸して周りを見る)全員……じゃないですよね。他の方は?」

重文「そういえば遅いですね。まひるさんが二人を呼びに行ってから、随分経ちます」

久市「やっぱり見て来た方が……」


まひる、ナイル、蝶子、入ってくる。
ナイル、少し苦しそう。
さりげなくナイルを支えている蝶子。


まひる「お待たせしました」

蝶子「ねえ、一体どうなってるの? 何か分かった?」

善「今、主任さんから説明してくれるってよ」

重文「ナイルさん、こちらにどうぞ」


ソファを整える重文。
永介が顔を上げる。


永介「ナイルさん、どこかお悪いんですか」

ナイル「……ただの風邪です」

まひる「お姉ちゃん、座ろう」


ソファに座るナイル。
蝶子も横に座る。
まひるは側に立っている。


善「……さて、始めて貰おうか」


永介、全員から見やすい位置に立つ。


永介「『アマリリス』に乗船の皆さん、並びに職員の皆さん。この度はご心配、ご迷惑をおかけしまして、本当に……」

善「その辺飛ばせよ。説明だけでいい」

永介「……(頷く)。PNPをご覧になった方はご存知でしょうが、日本政府が諸外国に対して声明を発表しました。わが国が地球環境に対して真剣に対策している意思を示すものです。具体的な対策として……、一定基準以下の国民を破棄すると」

まひる「一定基準って、どういうことですか」

重文「収入がない、または極端に低い、日本に利益をもたらさない人間ですよ」

善「そんなの、こんなところに閉じ込められて、労働のしようがあるかよ」

ナイル「基準は他にもあるんじゃない?」

永介「……はい。収入も加味されますが、それよりも独身の方や離婚をされた単身者の方が優先順位が高いようです。『家族として繋がりが希薄である』という理由で」

まひる「そんな」

由梨「ねーえ、あたしと重っち、まだ学生だよ? 収入ないの当たり前じゃん」

永介「はい、そうなんです。なので、わが不夜城市の市長の考えとしては、その……」

鈴子「(もどかしい)さっさと言いなよ」

永介「市の職員である私と松山君、そして学生の楠田君、穴吹さんの四名は、爆破前に脱出するように、と……」

重文「冗談、ですよね……?」


永介、俯いてしまう。


重文「待って下さいよ。そんな、……そんなのって」

由梨「他の人を残して逃げろってこと」

永介「課長には、そうしろと言われました。この船には緊急脱出用の小型遊泳船が付いています。それに乗って遊泳しながら周囲に救助信号を送ると、近くの船に助けて貰えます」

重文「ふざけないで下さい! 僕は嫌ですよ」

由梨「あ、あたしだって! 自分だけが生き残ろうなんて思わないもん!」

千歳「私は脱出させていただきます」


全員、非難の視線。


千歳「(多少気後れして)だって私、元々ここにいる予定じゃないんですから」


しばらく沈黙。


蝶子「由梨、……あんたは乗りなさい」

由梨「え?」

蝶子「学生だってのもあるけど、あんたは総理の孫よ。どんな基準で選んだって、あんたは生き残るの。大人しく助かりなさい」

由梨「そんなっ……」

ナイル「そうね、妥当だと思うわ」

由梨「ナイルさん……」

ナイル「災害から救出されるのはいつだって、女子供が先だもの」

善「……なあ」

永介「――はい」

善「何で、食料庫を爆破した」

永介「え」

善「遮断性の高いあの扉がぶっ飛ばされたんだ。結構な威力のヤツだろ。どうしてあれを、あんなところで爆発させたんだよ。本来はお前らが逃げた後で、エンジンルームにセットするもんじゃないのか」

永介「……はい」

千歳「じゃあどうして」

永介「私は船には乗りません」


全員、大なり小なり驚く。


永介「こんなことになってしまって、知らなかったとはいえ、本当に申し訳なく思っています。ですから、私はここに残ります。これで、枠がひとつ空きます」

善「ほーお、譲ってくれるって訳か」

永介「はい」


善、永介を殴る。


善「バカにすんのもいい加減にしろ。テメェにお情け貰ってまで助かろうとは思わねぇ。俺はイチ抜けだ! 早いもん勝ちだぞ、助かりてぇヤツはテェあげろ!」


誰もあげない。


善「……えーと、(二度見)ええぇ!?」

永介「(驚く)皆さん……」

重文「本来爆破に使うべき爆弾は、もうないんですよね? だったらこのままどこかに逃げてもいいんじゃないでしょうか」

由梨「賛成! 不夜城市の住民登録なんか変更しちゃえばいいじゃない」

まひる「または、生命体のいる星を探して不時着するとか」


にわかに盛り上がる。


ナイル「(永介に)そんな甘い話なの?」

永介「……私も一度は皆さんのように考えました。爆弾さえどうにかなればいいと思ったので、被害が最小限になるよう、食料庫で爆発させたんです。ですが、……予定時刻から八時間以上、船の爆発が確認されない場合は、事故を装って追撃されるそうです」

重文「はぁ? それって殺人でしょう!?」

永介「ですから、『事故を装う』んです」

重文「畜生〜」

善「選択肢は二つか。全員死ぬか、四人助かるか」


沈黙。
鈴子、脅えながら手をあげる。


鈴子「……あ、あのう……」

永介「はい」

鈴子「主任さんと松山さんは、職員ってことで優先して救助される訳ですよね。私は、どうして……」

永介「三田島さんは、その、以前、経理課に所属されていましたよね」

鈴子「……!(ハッとする)」

永介「すいません、そういうことで」

由梨「何? どーゆーこと」

鈴子「いやね、仕事でちょっとミスをしたことがあって……。ああ、あの時のアレね。きっと上司がまだ根に持ってるんだわ、しつこいったら」

千歳「横領は立派な犯罪です」

永介「松山君」

鈴子「で、でもあれは理由があって。あたしだって、やりたくてやった訳じゃ……」

千歳「病気のお子さんのためだとしても、許されることじゃありません。公にされず、人事異動だけで済んだのは異例ですよ。そのお子さんだって、結局……」

鈴子「あああ……(嗚咽を漏らす)」

永介「松山君、いい加減にしろ。そんなこと、この場で話すことじゃないだろう!」

千歳「……(不貞腐れて隅に移動)」

ナイル「(挙手)確認していい?」

永介「どうぞ」

ナイル「ここで助かった四人の安全は保証されるの?」

永介「はい。学生には奨学金制度がありますし、大人も新たに出来る『生活支援センター』に登録すれば衣食住に困ることはありません」

ナイル「そう。……今、遊泳船に乗る意思があるのは誰?」


千歳だけが手をあげる。


ナイル「重ちゃんと由梨ちゃんは? 本当に放棄するの? 死んじゃうのよ」

由梨「でもぉ……」

重文「……(悩んでいる)」

ナイル「とりあえず、確定は彼女一人ってことね。席はあと三つ。……まひる」

まひる「何?」

ナイル「あなた、乗せて貰いなさい」

まひる「お姉ちゃん……。お姉ちゃんは?」

ナイル「あたしはいいわ。助かったってしょうがないし」

まひる「そんなこと言わないで」

ナイル「勿体ないじゃない。……どうせすぐ死ぬんだもの」

重文「……ナイルさん?」

由梨「今、何て……」

蝶子「ナイル。変な冗談止めな」

ナイル「いいのよ先生。……風邪なんかじゃないわ。あたしもう永くないの」

まひる「お姉ちゃん」


ナイル、腕にしているブレスレットを見せる。


ナイル「これ、痛み止めのパルスが流れる医療用ブレスレットなの。これがなかったら、あちこちに管着けないとこんな風に平気な顔して座ってられない」

千歳「役所は、あなたの乗船を許可したんですか」

ナイル「蝶子先生とは前から知り合いだったから、ちょっとズルしちゃった。ごめんなさいね。あたし、これまで好き勝手に生きて来たから、人生の消費も早いのね、人より」

善「は、はは。説得力あんなぁ」


まひる、善にビンタをしようとして、ボディに入れる。


善「くぅ〜〜〜ッ」

まひる「……どうしていつもそんな風に言うの!? お姉ちゃんの何を知ってるのよ!?」

ナイル「まひる」

まひる「あたしたちの両親は、あたしが八歳のときに事故で死んだ。お姉ちゃんは高校行かずに芸能界に入って、あたしの学費を出してくれた。あたしはお姉ちゃんが病気なのも知らないで、ずっと甘えてきた。気付いた時にはもう手遅れだって……。自分勝手にしてたのはあたしの方よ。なのにどうしてお姉ちゃんがこんな風になっちゃうの!?(泣きそう)」


蝶子、まひるを抱き寄せる。


蝶子「……大倉さん、二人に謝って」

善「……悪かったな」

重文「じゃあ、まひるさんは体の弱い振りをしてたってことですか」

ナイル「同情とか心配とか、嫌いなの。まひるの体が弱いってことにすれば、蝶子先生としょっちゅう話してても不自然じゃないでしょ」


まひる、ナイルの元に戻る。


まひる「お姉ちゃん……」

ナイル「バカねぇ。あたしは昔から自由で気ままで、誰にも屈しないってイメージで売ってきたの。この人たちがそう思うなら、あたしの演技が完璧だってことよ。怒るより、あたしを褒めてよ」

まひる「凄い。お姉ちゃんはいつだって凄いよ」

ナイル「ありがと」

久市「(唐突に)あの、僕、立候補します!」

善「お前、いつからいた?」

久市「ずっといましたよ! ちょっと出遅れてた、だけで……。まひるさん、僕と一緒に船に乗りましょう。あなたは僕が幸せにします!!」

重文「ちょっと待ったぁ!」

善「(小声で)出た、ちょっと待ったコ―――ル」

蝶子「(善に)お、懐かしい。HyperTubeで見たなあ」

久市「な、何だよ」

重文「こっちが何だよ。ナニそれ? いきなりすぎでしょ。ナニ、ノリで告っちゃってんの? ズルイでしょ。(挙手)はいはいはい! だったら僕だって乗りますよ。元々僕の権利なんだから」

久市「君はさっき乗らないって言ったじゃないか」

重文「言ってません。考え中だったんですぅー」

久市「卑怯だぞ!」

重文「どっちが!」

まひる「あたしは残ります。お二人、どうぞ乗って下さい」

久市「えっ……」

重文「えええええッ!!」

善「(小声で)ごめんなさいだ〜〜〜」

ナイル「まひる」

まひる「一緒にいようよ。永くなくてもいい、あたし、お姉ちゃんの傍にいたい」


永介、二人の傍らにひざまずく。


永介「まひるさん、あなたは船に乗って下さい。私がナイルさんの傍にいます」

ナイル「……え?(何だコイツ)」

重文「(思い出して)そうだ、この人ファンだ」

善「おう、そうだ。ファンだファンだ。これまで寂しい夜にはお世話になってたんだもんなぁ。最後に尽くしてもバチ当たんねぇよ」

ナイル「……そうなの?」

永介「ち、違います! あの、私は、ファンといえばファンなんですが、でも、そういうんじゃなく……。あ、あの、これ!」


永介、胸ポケットから古びた栞を出す。
ナイル、受け取る。


重文「お、四つ葉のクローバー」

ナイル「……まだ、持ってる人、いたんだ」

永介「お守りですから」

由梨「なあに、それ」

まひる「初回限定盤に付いていた特典です。お姉ちゃんのデビュー曲『クローバー』の」

重文「デビュー曲?」

まひる「お姉ちゃん、元々はアイドル歌手としてデビューしたんです」

由梨「アイドル?」

善「聞いたことねぇなあ。(重文に肘を当てられる)……イテッ」

ナイル「面白いくらい売れなかったからね」

永介「希望・誠実・愛情・幸運……」

重文「え?」

永介「四つ葉の葉の、それぞれの意味です。ナイルさんが教えてくれました。希望を忘れない。人と誠実に接する。愛情を持っていたい。幸運を信じる……」

善「ほおー。アイドルらしいじゃねぇか」

ナイル「……バカねぇ。キャンペーンで喋ることなんて、台本があんのよ」

永介「それでも、あなたの笑顔と言葉に励まされて、ここまで来れたんです」

ナイル「はいはい、それはどーも……」

永介「あ、それはっ……」


ナイルがふと栞を裏返すと、永介は慌てて奪おうとする。
しかしナイルは返さない。


ナイル「これ……」

永介「あ、は・はは……(苦笑)」

ナイル「そっか、あなたあの時の……」

まひる「あの時?」

ナイル「まひるには話したよ。撮影会に栞持ってきたヤツがいたって」

まひる「ああー……」

鈴子「撮影会って?」

まひる「お姉ちゃんがAVに転向して初めてのDVD『跪くのはあんたの方よ!』の発売記念撮影会です」

永介「まひるさん、た・タイトルは……」

重文「ほーお」

善「結局見てんだな。まあそうだよな」

ナイル「あんなところにこれ持って来て、『サイン下さい』なんて、カッコ悪い」

永介「いいんです。私はデビューキャンペーンの時、あなたに『ずっと見てます』って、言ったんですから」


いい雰囲気の二人。


善「(まひるに)なあ、姉ちゃんのことは主任さんに任せていいんじゃねぇか。最後にいい夢見させてやれよ」

まひる「で、でも……」

久市「そうです、まひるさん。ナイルさんの分もあなたは幸せになるべきだ」

重文「そのためには僕を選んだ方がいいですよっ」

久市「なんだとう!」

千歳「(挙手)あの、ひとまず、脱出する四人が決まったってことでいいでしょうか?」


それぞれ、周りを見回す。
異議は出ない。


千歳「では、そちらの三名は荷物をまとめて下さい。用意が出来次第出立しま……」

由梨「(挙手)あ、あのっ!」

千歳「……何か」

由梨「えーと、あの……。みんな、ちゃんと納得したのかなって。善さん、ホントにいいの?」

善「いいよ。俺も死に損ないだから」

由梨「(恐々)えぇ?」

善「交通事故でかぁちゃん(妻)と娘亡くしてんだ。俺だけ助かってな。ヤケで米軍の私設軍隊に入ったこともあったけど、そこでも死ねなかった。……ここらで向こう行くのも悪くねぇよ」

由梨「先生は? 先生だって職員じゃない」

蝶子「言ったでしょ。あたしは下っ端の請け負い。低収入で独身で契約社員……。はは、ダメじゃん、どう考えても」

由梨「鈴子さん、さっき乗りたい風でしたよね?」

鈴子「いえ、私は……。よく考えたら、私もあの人(善)と一緒で、生き残ったって息子はいないんです。ですから、もう……」

千歳「(嬉しそう)よろしいですね。では、皆さんご了承いただいたってことで」

蝶子「由梨、いいの?」

由梨「えっ」

蝶子「乗りたいんでしょう?」

由梨「でも、もう決まったみたいだし……」

蝶子「そうよ、決まっちゃうの。あんたが何も言わなかったら、これで決定。脱出するのはこの四人。それでいいの? 言いたいことがあるなら、自分の口でちゃんといいなさい!」

由梨「………………(か細い声で)死にたくないよぉ……」


全員、黙ってしまう。


重文「……でも、今更言われても……」

久市「うぅん……」

善「お前らのどっちかが嬢ちゃんに譲ってやれよ。こいつ(まひる)には一人いりゃいいんだから」


久市と重文、牽制しあう。


久市「……君が残ればいい」

重文「嫌ですね」

久市「手を挙げたのは僕が先だ」

重文「想いが深いのは僕の方です」

久市「それなら僕だって君に負けやしない。それに、君みたいな学生にまひるさんを幸せに出来るもんか」

重文「しがないフリーターより将来性があると思いますけど」

久市「そんなのは方便だ」

まひる「(あっさり)いいですよ、私が残りますから」

久市・重文「ダメッ!!」

重文「(久市に)あなたがここに残って下さい」

久市「いいや、君だ!」

千歳「分かりました!」


千歳、自信ありげに真ん中に立つ。


千歳「こうなったら、……五人で乗りましょう!」


全員、唖然とする。


千歳「……何か?」

善「何かっつーか……、なあ?」

蝶子「……大きく出た割に、(きっぱり)普通」

ナイル「危ないんじゃないの?」

千歳「大丈夫ですよ。エレベーターだって、積載重量よりもう一人くらい乗れるじゃないですか」

永介「それと一緒にするのはどうだろう……」

千歳「違うんですか!?」

久市「ちょっと考えたら分かるでしょう!」

重文「ああいう人でも公務員試験に受かるんですね。希望が持てるなあ」

永介「希望……」


永介、再び栞を出し、見つめる。


ナイル「どうかした?」

永介「……皆さん、もう一度答えて下さい。もし全員助かる手段があるとしたら、それに賭けてみる気はありますか?」

善「おいおい、何言い出すんだよ」

鈴子「あるんですか? 全員……、助かる方法が」

永介「確信がある訳じゃないですけど、試してみたいことがあります」

善「なあ主任さん、適当なこと言って、これ以上掻き回すなよ。こっち(残る側)の気持ちは決まってんだ」

永介「だったら尚更です。放っておいてもこの船は数時間後には撃墜されるんです」

善「だから助かりたいヤツは今脱出するのが確実なんじゃないのかよ!」

永介「……それは……」

重文「でも、可能性があるってことですよね」

久市「だったらやってみたいです」

由梨「うん、全員助かるなら、その方がいいよ」

鈴子「私も、望みがあるならやっぱり……」

蝶子「聞くだけでも聞いてみようじゃない」

千歳「そうですね」

善「お前らなあ……」

ナイル「どうするつもりなの?」

永介「ナイルさん、希望は忘れちゃいけないんですよね」

ナイル「だからそれは昔の話で……」

永介「言って下さい。忘れちゃいけないって」


ナイル、永介の頬に触れる。


ナイル「希望を捨てないで。……あなたを信じてる」

永介「……はい(頷く)。穴吹さん、PNPを貸して貰えますか」

由梨「あ、うん」


永介、由梨からPNPを受け取り、操作を始める。
全員が永介の持つPNPを覗き込む。


千歳「主任、それは……」

永介「以前、調べたことがある。地球の汚染が予想以上に進んだ場合に一時的に移動出来る星がないかって。その時にいくつか候補があったんだ」

蝶子「地球のように暮らせる星があるの?」

永介「地球ほど恵まれた環境は難しいでしょうが、最低限の水と空気があって、ここから近いところ……」


PNPのチャイムが鳴る。


永介「えっ? えっ?」

由梨「緊急速報だ。ちょっと返して」

善「おい、途中だぞ」

由梨「(操作しながら)だって緊急だもん。……ええーっ!?」

重文「(耳を押さえながら)ボリューム考えて叫んでくれる?」

由梨「…………(言葉が出ない)」

蝶子「ちょっと、どうしたの?」

由梨「おじーちゃんが……」

千歳「総理に何か?」

由梨「総理、辞めちゃった」


一堂、ざわめく。


永介「辞めたって、どうして」

由梨「(画面を読む)えっと……、本日、穴吹内閣はキンキューカクギ(緊急閣議)を開き、ソージショク(総辞職)を表明した。大胆すぎた『国民破棄宣言』の責任を取ったとされている。穴吹首相はカクギゴ(閣議後)……に、記者会見を開く予定だったが、中止して、姿をくらました。総理の行方は現在も不明。国外逃亡も噂されている……」

永介「内閣総辞職……」

千歳「となると、どうなるんでしょう。『破棄宣言』は撤回されるんでしょうか」

重文「その辺のこと、何か書いてないの?」

由梨「う〜ん……。撤回は……、(あちこち操作する)されてないっぽい……」


一堂、落胆。
PNPに着信がある。


由梨「わっ! え、誰? (通話ボタンを押す)もっしー(もしもし)? ……おじーちゃん!? やーん、久し振りぃ。もー、心配したじゃーん。うん、見た見た、速報出てるよ。行方不明とかって、ウケるから」


口々に「総理?」「総理?」と言い合う。


永介「(小声で)今、どこにいるのか聞いて下さい」

由梨「あぁ、そっか。あのね、今ね、結構ありえんマンボーで。そーだよ、おじーちゃんのせいだよ。あたし、みんなからチョー責められて。あたしが乗ってる船も破棄されちゃう組なんだもん。え、知ってたって、酷くなーい? だけど主任さんがね、そうそう、不夜城市役所の人。どっか他の星に行けば助かるんじゃないかって言ってて。で、おじーちゃん、今どこにいるの? え? 替われって……。はぁい」


由梨、永介にPNPを渡す。


永介「え」

由梨「主任さんに替わってって」


永介、戸惑いながら受け取り、耳に当てる。


永介「もしもし、穴吹総理でいらっしゃいますか。元・総理……。は、し、失礼しました! 私《わたくし》、不夜城市役所移民課の主任をしております、掛井永介と申します。この度は大変お疲れ様でございました。あの、今はどちらに……。は? いえ、とんでもない! その、国を背負うというのは男の一世一代の仕事であり……。あ、す、すいません。はい、聞いております!」


永介、総理の言葉にただ相槌を打つ。
周りは息を呑んで見ている。


永介「えっ! でもそんなこと急に……。そうなんですか、以前から……。あ、そう……ですね。それさえ了承できれば……。そうですか、分かりました、ありがとうございます!(礼)」


永介、由梨にPNPを渡す。


由梨「もっしー。え、今ダメ? 急ぐの? もーう。じゃあまたねぇー(切る)」

永介「皆さん、やりました。やりましたよ!」

千歳「何がです?」

永介「助かるんです、全員。総理のお陰です!」

久市「ホントですか!?」

善「おい、説明しろ」

永介「はい。穴吹総理は……」

由梨「元・総理だってば」

永介「便宜上、今は総理ってことで」

由梨「でも、『元』だもん」

善「どっちでもいいじゃねぇか」

由梨「違うもん! もう、ただのあたしのおじーちゃんに戻ったんだもん」

永介「ええと、じゃあ、穴吹さん(由梨を見る。頷く由梨)……は、かなり以前から宇宙への移住の研究を高く評価し、興味を持っていたそうです。それで個人的に研究グループを支援して、環境を整えていた。その準備が整ったので、今回の政策を打ち出したんです」

久市「えっと、つまり……」

重文「そうか、対外的には『下層階級破棄』なんて言っておいて、水面下では受け皿の準備を進めてたんですね」

鈴子「じゃあ、あたしたちの行き場が用意されてるんですか?」

永介「はい」

重文「やった!」

善「やるじゃねぇか、お前のじーちゃん」

由梨「当ったり前でしょ!」


一堂、沸き立つ。
が、永介はまだ緊張している。


永介「――ただし」


一堂、停止。


蝶子「ただし、何なのよ」

永介「ひとつ、皆さんに了承していただくことがあります」

鈴子「何なの?」

善「言え、さっさと言っちまえ」

永介「……これから行く惑星は、太陽系から外れます。行ったら二度と、地球には戻れません。皆さんはそれでも……」

ナイル「いいんじゃない、別に」

善「そんなの、今更、なあ?」

重文「気になりませんねぇ」

鈴子「まあ、この際ね」

まひる「お姉ちゃんが行くなら私はどこでも」

蝶子「あたしの仕事はどこでもあるし」

永介「(拍子抜け)……あ、なら、良かったです」

重文「この船に乗ってるのは、元々身内が少ない人ばかりですからね」

由梨「主任さん」

永介「はい?」

由梨「おじーちゃんと、もう会えなくなっちゃうの?」

永介「総理は既にそちらの星に移動しているそうです」

久市「え、閣議があったんじゃあ……」

永介「出席したのは影武者だそうです」

重文「さっすが総理」

由梨「『元』ですけど。じゃあ、あたしも行く。ママにいつか会えたらいいなって思ってたけど、おじーちゃんが待っててくれるなら、いいや」

鈴子「お母さん、どこにいるの?」

由梨「ブラジル。あたしがまだ小さい頃、サンバダンサーになるって言って、家を飛び出しちゃったんだって」


蝶子、バランスを崩す。


まひる「どうしました?」

蝶子「いえ、ちょっと、滑った」

永介「(千歳に)……君はいいのか」

千歳「……仕方ないですね。いいですよ、新たな目標を想定しましたから」

永介「目標?」

千歳「その星で新たな内閣を作って、大臣に就任します」

善「めげない姉ちゃんだな」

重文「新生内閣なら、僕も可能性はありますね」


一堂、笑い合う。
(船が揺れる)
(照明が暗くなる)


由梨「な、何?」

永介「おっと。もうすぐ、新たな星へのワープゾーンに入ります。皆さん、怪我しないように掴まって下さい!」


それぞれ掴まる。
永介はナイルを守る。
どさくさに紛れて永介にしがみつく鈴子。
重文と久市はまひるを守る。
船の揺れる音。


永介「もうすぐ地球が見えなくなります!」


全員、窓に注目。


善「あばよ、地球!」

久市「お世話になりました!」

鈴子「今までありがとう!」

重文「どこでだって、幸せになってやる!」

千歳「あたしを見捨てた課長、不幸になっちゃえ!」

蝶子「この支配からの卒業〜〜〜!!」

由梨「バイバイ、ママ!」

ナイル「パパママ、もう少しだけ、待っててね」

まひる「地球を大切に出来なくてごめんなさい。……さようなら」

全員「さよなら!」


ワープしている音。


重文「何か、回ってません!?」

由梨「気持ち悪〜い」

永介「我慢して下さい!」


不時着の大きな音。
(照明が戻る)


永介「ナイルさん、怪我はないですか」

ナイル「ええ、大丈夫」

永介「皆さんは」


それぞれ、無事の返事をする。
外を見ようと、永介、善、久市、重文が窓に群がる。


善「……人の気配がねぇな」

重文「緑はふんだんですけど」

永介「我々が一番ワープポイントから近かったんじゃないでしょうか。ひとまず私が外の様子を見に……」

善「そんなの俺が行くよ。(永介をナイルの方に押しやって、久市、重文に)お前らも来い」

久市「危なくないんですか?」

善「それを確かめに行くんだよ、おら、行けっ」

重文「人遣いが荒いなあ」


善、久市、重文、出て行く。
まひるが窓を見に行く。


ナイル「どんな感じ?」

まひる「木がやたら多い。鳥が飛んでる。空はちょっと緑っぽい。あ、三人がこっちに手を振ってて……、空気は良さそう」

鈴子「じゃあひと安心だね」


由梨のPNPが鳴る。


由梨「もっしー。あ、おじいちゃん!? 着いた着いた! そう、さっき落ちてきた、ちっさい船。そっちは? ホント? じゃあ、外で待ってるね!(PNPを切って)おっ先〜」

鈴子「あたしも出ちゃお。外に出るなんて久し振りだわ〜。あ、これ(イモ)、総理へのお土産にしちゃお。ほら、まひるちゃんも手伝って」

まひる「あたしはお姉ちゃんと……」

由梨「お邪魔お邪魔♪」


鈴子、マッシュポテトを持つ。
由梨、スイートポテトを持つ。
まひる、ずんだポテトを持つ。


由梨「これ、もう乾いちゃってない?」

鈴子「平気平気、ひと皮剥いちゃえば」

まひる「あの、これは何の緑なんですか……」

鈴子「そんな顔しないの、それはね……」


三人、話しながら出て行く。千歳も続く。


蝶子「主任さん、ナイル連れてってあげてよ」

永介「椿先生は……?」

蝶子「一服してから行くわ」

永介「はあ、それじゃあ、お先に。(ナイルに)失礼します」


永介、ナイルを抱きかかえて出て行く。
蝶子、二人が出て行ったのを確認してから、ポケットからPNPを取り出す。
ボタンを操作して耳に当てる。


蝶子「……もしもし、蝶子です。ご無沙汰してます。ご存知だったんですね、あたしもこれに乗ってるって。いいえ、由梨にはまだ……。ひとまず、他人の振りして下さいね。タイミングを見て話しますから。ところでお父様、ひとつ申し上げてよろしいですか? (PNPを正面に構えて)……サンバダンサーになりたいなんて、言った覚えありませんけど!?」


暗転。


                ――終わり――

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