たまトザ 第3回公演
L O O P S
 作・坂本みゆ
(後 半)
【CAST】
大友  薫子(36)/
田中結子
佐川  忠 (24)/
加藤寛規
佐川  聡美(25)/
壱智村小真
野島    (30)/
渡辺敏行
根本    (30)/
斉藤和彦
山下    (52)/
斉藤(二役)



○冷凍庫


忠「とりあえず忘れられてはいないようですし、もうすぐ扉も開くでしょう。よかったよかった」


薫子、下手なスキップをする。


忠「……ほう」

薫子「おかしかったら笑っていいわよ」

忠「やりたくないんじゃなかったんですか?」

薫子「外に出たら当分やらないだろうから」

忠「大友さんも、普段は運動不足ですか」

薫子「冗談でしょ。朝から晩まで走り回って、アレで運動不足だったらもうオリンピック目指すしかないわよ」

忠「砲丸でも投げますか」

薫子「せめてバレーボールにしてくれない」

忠「ああ、女子、調子いいみたいですもんね」

薫子「メダル、取れるかな」

忠「まあ、大事なのはメダルじゃないですし」

薫子「……(立ち止まる)」

忠「どうしました?」

薫子「んー……」

忠「?」


薫子、座り込む。


忠「え、ちょっと、どうしました?」

薫子「……ダメだ」

忠「はい?」

薫子「最低、最悪。信じらんない!」


忠、箱の陰に隠れる。


忠「すいません、僕、またなにか……」

薫子「君じゃないわよ! 自分に腹が立ったの! 悪くないのにいちいち謝るな!」

忠「じゃあいちいち怒らないで下さいよ〜」

薫子「あたしさぁ、ダメだね」

忠「何に関して、です」

薫子「うーん……」

忠「言ってくださいよ。もう少しの間、ヒマだし」

薫子「失礼だよね」

忠「時間は有効に使いましょう」

薫子「……企画営業なんかやってると、数字とかの具体的な結果ばっかり求められるんだよね。努力とか情熱は全く評価されない。部長にしょっちゅう怒鳴られて、心の中では『あたしだって一生懸命やってんのよ。あんたに何が分かんのーッ!!』って叫んだりさ」

忠「大変ですね」

薫子「大変よ。ホント、ホンットに大変なの! だから自分では、頑張ってる人を応援しようって、結果じゃないって思ってたの。そのあたしが、さっき、何てった?」

忠「『メダル取れるかな』」

薫子「言って欲しかった訳じゃないんだけど」

忠「それは失礼」

薫子「あーあぁ。詰まんない大人だ、あたし」

忠「大友さん」

薫子「だって、一緒のことしたんだよ? あのタコ部長と」

忠「……まぁ、オリンピック=(イコール)メダルって図式がありますからね。発想するのは必然ですよ」

薫子「慰めようとしてる?」

忠「いいえ、私的見解です」


薫子、笑う。二人、座る。


忠「でも多分……、選手たちはメダル、欲しがってると思いますよ」

薫子「そうかな、メダルメダルって言われたら、ヤじゃない?」

忠「でも彼らこそ、メダルを取らないと評価されませんからね。どんなに必死で練習してたって、メダル取って実績作らないと、競技自体中継されない可能性もあるし。そうしたらどう頑張ったって人の記憶に残らない。それに、スポーツなんて不安定な世界で自分のポジションを確立しようと思ったら、メダルの一つも必要なんじゃないですか。引退後の仕事にも関わるでしょうしね」

薫子「……そうかな」

忠「そんなもんでしょう。僕たちはメダルに夢を求めるけど、選手がメダルに求めるのは、もっと現実的な事かも知れません。ま、そんな風に考えながら見てると感動できなくなりそうなので、今の話はこの場で忘れていただいて構いませんけど」


忠をじっと見る。


忠「……。何か?」

薫子「……何でも(ない)。……佐川君さぁ」

忠「はい」

薫子「子供の頃の夢って何だった?」

忠「夢……?」

薫子「うん。何になりたかったの?」

忠「聞いてどうするんです」

薫子「黙ってると口が凍る」

忠「なるほど」


忠、考える。


忠「……警察官、かな」

薫子「……へぇ、何で?」

忠「何ででしょうね。子供の言う事ですから、単純に制服カッコイイなとか、拳銃が公明正大に持てていいなとかだったんじゃないですか」

薫子「『なんじゃこりゃ!』って、してみたいとか?」

忠「ああ、そうですね。うん、それもそうかも」

薫子「あたしは、ゴリさんで泣いたなぁ……」

忠「ああ、あれ、反則ですよね」

薫子「反則って?」

忠「だってあれは、泣くでしょ」

薫子「うん」

忠「反則ですよ。あの人は、幸せにしてあげればよかったのに」

薫子「もしかして、泣いたの」

忠「……」

薫子「泣いたんだ」

忠「人間として、至極まっとうな反応をしただけです」


忠の腹が鳴る。薫子、笑って座り込む。


忠「そんなにおかしいですか」

薫子「いーえ、至極、まっとうだと思うわよ」


薫子、腕時計を見る。


薫子「11時かぁ。ま、お腹も空くよね。晩御飯、何時に食べた?」

忠「生憎」

薫子「食べてないの!?」

忠「昼が3時過ぎだったんですよ。夜は遅めでいいやって思ってたら、7時過ぎに『今から商品出せ』って電話が入って、ここまで呼び出されて、8時には中にいましたから」

薫子「……あれ?」


二人、沈黙。


忠「しっかし、何とか出られそうでよかったですね。凍死ならともかく、ここで飢え死にって相当嫌ですよ。食べ物に囲まれてるのに」

薫子「食べられるの?」

忠「歯に自信があれば」

薫子「でも、生でしょ」

忠「刺身用ですから問題ないですよ。歯に、自信があれば」

薫子「……止めとく」

忠「歯に悩みでも?」

薫子「ないわよ! だからって、あんな『まんま』ぶらさがってるやつにかぶりつける訳ないでしょ」

忠「探せば切り身もありますよ。ほら、さっきの棚、ブラックタイガー山盛りでしたし」

薫子「全部凍ってたじゃない」

忠「ゲソくらいは溶けてるかも知れません」


忠、探そうとする。


薫子「ちょ、いいわよ! 探さなくて。どうせもうすぐ出られるんだし」

忠「そう思うと、余計にお腹、空きませんか?」

薫子「一食くらい抜いたって平気よ。ダイエットだと思えばいいもの」

忠「ふぅん、じゃあ、鞄の中のチョコレート、分けて下さいよ」


薫子、鞄に駆け寄って抱きしめる。


薫子「み、見たの!?」

忠「いいえ。女の人の鞄って、必ず何かしらお菓子が入ってるじゃないですか。だから大友さんもそうかなって、当てずっぽうなんですけど。やっぱり入ってるんだ」

薫子「……(睨む)」

忠「見てませんって」


薫子、鞄からチョコレートを出し、渡す。


忠「いいんですか? 今まで隠してたのに」

薫子「隠してた訳じゃありません。入れてたのを忘れてたの。結構前のだけど、こんなの、賞味期限ないでしょ」

忠「……プレゼント仕様ですね」

薫子「……」

忠「いいんですか、食べちゃって。二月に、他の人に渡るヤツだったんじゃ……」

薫子「いらないなら、無理にとは言わないわよ(薫子、取ろうとする)」

忠「いります、いりますよ!(忠、チョコを守る。包装を解く)……いただきます」


忠、食べる。


忠「硬(かて)っ!」

薫子「え」

忠「冗談です」

薫子「君ねぇ!」

忠「美味しいです」

薫子「……」


薫子もチョコレートに手を伸ばす。


忠「ダイエットは?」

薫子「人が食べてると美味しそうに見えるのよ」

忠「僕に毒見させました?」

薫子「こんなところで毒殺したら、犯人はあたし以外にありえないじゃない。そんなの……」

忠「効率が悪いですね」

薫子「そういうこと。(食べる)ホントだ。硬い」

忠「でも、美味しいですよ」

薫子「だって、結構な値段したもの」

忠「じゃあ、心して」


忠、もう一つ食べる。ポケットから2個の鍵が落ちる。


薫子・忠「あ」


二人、1個ずつ拾う。


薫子「(拾う)でもこれ、いつの間にあたしの鞄に入ったんだろ。受け取った記憶、全然無いんだけど」

忠「どさくさで紛れ込んだんじゃないですか? 僕が着いたとき、必死の形相で出荷してましたもんね」


薫子、忠に鍵を渡す。ポケットに入れる忠。


薫子「だってどうしても今夜用意してくれって言うんだもん」

忠「強気な大友さんが、聞き入れるなんて珍しいですね」

薫子「これでもお客様は大事にしてるんです。明日の結婚パーティーで、新婦に、お父さんの好物をどうしても用意したいって言われたら……」

忠「出すしかないですね」

薫子「でしょう!?」

忠「でも、よかったじゃないですか、無事出荷できて」

薫子「こっちはこのザマだけどね」

忠「聞いてもいいですか、さっきのお返しに」

薫子「さっきの?」

忠「僕の夢の話、聞いたでしょう」

薫子「ああ……。あたしの夢でも聞きたいの」

忠「それも悪くないですけど。これの行き場について、とか」


チョコレートの箱を指す。


薫子「はぁ!? やだ!」

忠「即答ですね」

薫子「何でそんなプライベートでデリケートでセンシティブな話を君にしなきゃいけないのよ」

忠「僕の夢だってプライベートでシークレットでストイシズムですよ」

薫子「最後の、分かんない」

忠「ゴロで言ってみただけなんで、大した意味は」

薫子「何それ(脱力)。……とにかく、いいじゃない、別に。そんなことどうでも。関係ないし」

忠「食べちゃった以上、無関係って訳でもないんですよね。だって大友さん、さっきの心残りの中味、仕事と食道楽のことばっかりでしたけど、最期に想う人とかいないんですか?」

薫子「……君は?」

忠「また僕ですか? 大友さん、僕の事知りたがり過ぎですよ」

薫子「そういう意味じゃないわよ! 人に聞くときは、まず自分から!」

忠「じゃあ大友さんの夢の話でも」

薫子「そこまで戻るの」

忠「そっちが先でしょう」

薫子「夢・ねぇ……」

薫子、思い出している。

薫子「……漫画家?」

忠「へえ」

薫子「友達とノート交換して、描いてた。交換日記じゃなくて、交換連載漫画みたいなの」

忠「さっきの、何でしたっけ? 『紫の仮面の人』みたいなの、描いてたんですか?」

薫子「混ざってるよ」

忠「あれ?」

薫子「『ガラスの仮面』」

忠「ああ、そうです、それそれ。そういうの描いてたんですか」

薫子「全然違うよ。だって小学生だよ? んーとね、確か……、『マジョリンの冒険』……、だったかなぁ」

忠「魔女の話ですか?」

薫子「ううん、マジョリンって女の子が、何か、冒険する話。森で宝とか探して」

忠「なるほど。宝って言ったら森ですよね」

薫子「そうなの?」

忠「知りません」


薫子、叩く振り。逃げる忠。


忠「それで、宝は見つかったんですか」

薫子「どうだったんだろ……。ああ、一緒に描いてた子が、転校しちゃったんだよね。そっか、それで止めちゃったんだ」

忠「じゃあまだ、マジョリンは冒険に出たまんまなんですね」

薫子「……(引いている)」

忠「どうしました?」

薫子「いや、何か、背筋寒かった」


忠、自分の発言に照れて、背を向ける。


忠「カッコ良かったと思うけどなぁ」


忠を見ている薫子。
暗転。

○休憩室
聡美、一人で部屋にいる。何度か足音がするが、通り過ぎていくだけ。
聡美、一人で手遊びをする。
ドアの音。野島が入ってくる。


野島「聡美さん、やっと担当者に連絡が着きました! 今こっちに向かっているそうです!」

聡美「本当ですか!?」

野島「ええ、これでもう、本当に大丈夫です。ご安心下さい。ここの連中もすっかり安心しきって、今では中の食材が溶け出すの心配してますよ(笑う)」

聡美「は?」

野島「は、はは、あはは。冗談です」

聡美「冗談?」

野島「や、その」

聡美「まだ中にいるってことは変わってないんですよ」

野島「そうです、全くおっしゃる通り。でもですね、冗談を言えるだけ、状況は明るいってことですから」


聡美、野島を睨む。


野島「とにかく、あとは時間の問題です。扉が開きさえすれば、お兄さんも無事に戻ってきますから」

聡美「(何か言いたげだが、飲み込む)……それで、どれくらい掛かるんでしょう」

野島「多分、1時間そこらじゃないですか」

聡美「(もどかしそうに)……もう、扉、壊しちゃえばいいのに。壊せますよね?」

野島「それはもちろん、壊せます。人間が作ったものは、必ず人間によって破壊されますからね。しかしそれやると、後々大変ですよ。なんせ、業務用冷凍庫ですから、壊すのも大変なら修復も当然大変で。安い物ではないですから」

聡美「冷凍庫と人の命と、どっちが大事なんですか」

野島「もちろん人命ですよ。でもね、ぶっ壊したあと、被害を弁償するのは佐川君です」

聡美「えぇ?」

野島「だって、彼が鍵を持って中に入ってしまったんですからね」

聡美「それは……」

野島「そのうえマズイ事に、取引先の人まで巻き込んでしまった。下手したらクビです。損害賠償プラス解雇なんてことになったら、目も当てられないでしょう」

聡美「……」


野島、聡美の肩に手を掛ける。


野島「聡美さん、もう少しの辛抱です。待ちましょう」


聡美、頷く。野島の携帯が鳴る。


野島「はい、こちら野島。ええ、いますよ。せまっくるしい休憩室に。えぇ? ちょっと、勘弁して下さい。俺はそんな事のために来たんじゃないんです。いや、それはそうです。あの時はお世話になりました。あー、はいはい、分かりました。行きます行きます。行きますよう」


野島、携帯を切る。


野島「ったくぅ……」

聡美「どうかしたんですか?」

野島「……全く、立ってるモンは親でも使え、ですよ。ただ待ってるなら伝票整理を手伝えって。本社のトップ営業マンを何だと思ってるんでしょう」

聡美「私もお手伝いしましょうか」

野島「とんでもない! レディにそんな事させられませんよ。柔らかい指先の水分がみんな伝票に吸い取られて、カッサカサになりでもしたら、ドイツ在住の整形外科医を呼び寄せてでも治して差し上げないと」

聡美「いえ、そこまでは……」

野島「退屈でしょうけど、ここで待ってて下さい。向こうをさっさと片付けて、すぐ戻ってきます」

聡美「はい。頑張って下さいね」

野島「はい! 頑張ってきます!」


野島、出て行く。ドアの音。
聡美、座って携帯を出し、掛ける。


聡美「もしもし、聡美です。よかった、まだ起きてましたか? すいません、もう少し時間が掛かるみたいなんです。ええ、危険はないんですけど、扉が開かなくて、出てこられないんです。帰りは夜中になると思います。ええ、そうなんです。鍵が行方不明らしくて……。もう、お義母さん、何を呑気に笑ってるんですか」


ドアの音。オセロ盤を持った根本、入ってくる。


聡美「あ、じゃあ、お義父さんとお義母さんは先にお休みになって下さい。それじゃあ、はい。おやすみなさい」


聡美、携帯を切る。


根本「……(無感動に)わあ」

聡美「……」


根本、聡美を無視して床に座る。オセロ盤を広げる。
聡美、椅子に座って様子を眺めている。根本、ゲームのセットをしながら。


根本「……あのう」

聡美「あ、はい」

根本「(振り向かずに)あなたは誰ですか?」

聡美「あ、あの、佐川聡美と申します」

根本「……ああ、営業部の佐川さんの」

聡美「はい」

根本「大変みたいですね」

聡美「お騒がせしてすいません。でもさっき、担当の方が見つかって、こちらに向かっているそうです」

根本「ああ、そうなんですか。それはよかった」

聡美「ご迷惑掛けてすいません。もう少しですから」

根本「ふぅん。……失礼ですけど」

聡美「はい」

根本「ヒマでしょう」

聡美「え」

根本「(対面側を示して)よかったらどうぞ」

聡美「え。私、ですか?」

根本「他に誰か見えるんですか?」

聡美「いえ……」

根本「よかった。見えても教えないで下さいね」

聡美「見えません」

根本「何か聞こえたりとかは……」

聡美「ないです、全く」

根本「本当に?」

聡美「本当です」

根本「変わった方ですね」

聡美「は」

根本「出来ないことを自慢するなんて」

聡美「自慢っ……じゃ、ないでしょう」

根本、座るよう勧める。聡美、座る。

根本「どれくらい強いです?」

聡美「え?」


根本、オセロ盤を指差す。


聡美「(考えて)あの、どう言えばいいんでしょう。私、オセロは久し振りで」

根本「分からないならいいです」

聡美「はあ」

根本「何か表現の仕方があるなら知りたいと思っただけです」

聡美「……ふざけてますか?」

根本「……(顔を上げる)」

聡美「あ、す、すいません……」

根本「いいえ」


根本、にっこり笑う。


根本「こんなに早く気持ちが伝わる人は初めてです」

聡美「はぁ……」


二人、オセロをしながら話す。


聡美「お仕事、いいんですか?」

根本「休憩時間です」

聡美「何をしていらっしゃるんですか?」

根本「……(オセロ盤を指す)」

聡美「お仕事のことです」

根本「ああ。それなら、(フォークリフトで箱を運ぶ仕草)こういうものを、こうして、こうして、こんな風に、こっちに移す仕事です」

聡美「(苦笑い)大変・ですね……」

根本「慣れればどうってことは。自分のペースで出来ますし。ご主人の方がよっぽど大変でしょう。毎日遅いんじゃないんですか、営業部の方は」

聡美「ええ、まあ。今日も急にお客さんから出荷依頼を受けたらしくて」

根本「それで、二人セットで閉じ込められた」

聡美「ええ。あの……、そういうの、主人が責任をとる事になるんでしょうか」

根本「どうなんでしょう。相手先には、いい薬だと思いますが」

聡美「え」

根本「無理な出荷を強要すると痛い目に遭うってことです(微笑む)」

聡美「はぁ……」


二人、オセロをする。


聡美「休憩時間は、いつもこうして?」

根本「大体一人でやってますね」

聡美「一人で、どうやって遊ぶんですか?」

根本「普通にオセロをしますよ。でも、段々混乱して来るんで、右手を白、左手を黒とか区別して」

聡美「へぇ」

根本「面白いですよ。案外、左手の方が強かったりして。だから僕、オセロだけ左利きなんです」

聡美「(笑う)そんなのあるんですか?」

根本「色を変えてみても、左手が勝つんですよ。だからそう思う事にしました。そのうち普通に打つのも飽きてきて、最近では白黒同数で終わる打ち方を研究してます」

聡美「8×8の64だから……、32枚ずつってことですか? 意図的に?」

根本「無意識にする方が難しいですね」

聡美「あの、オセロの必勝法ってあるんですか?」

根本「ありますよ。いろいろ」

聡美「簡単に覚えられるのがいいんですけど」

根本「なら、二つあります」

聡美「はい(前のめり)」

根本「一人でやるか、一生やらない事です」

聡美「……二つ目は、それ、必勝法ですか」

根本「少なくとも負けませんよ」


ドアの音。野島が戻ってくる。


野島「聡美さん、お待たせしました。ホンットウチの会社は人遣いが荒くて……。ん?」


背中を向けている根本に気付く。


野島「根本……」

根本「……(野島に頭を下げる)」

野島「何してる、こんなところで」

根本「僕の勤務先に僕がいて不思議ですか?」

野島「勤務中に何をしていると言ってるんだ」

根本「休憩時間なんです」

野島「ほう、俺が頼んだ物は揃ったのか」

根本「手配中です」

野島「だったら、こんなところで油売ってる場合じゃないだろ」

根本「連絡は済ませました。……まさか、僕が直接出向いて釣ってくるなんて思ってます?」

野島「なんだと!」

聡美「あ、あの!」


野島、聡美を気にして顔を背ける。二人を交互に見る聡美。
根本、腕時計を見る。ため息をつき、立ち上がる。


根本「では、僕はそろそろ」

聡美「今来たばっかりじゃないですか」

根本「営業部のエースには逆らえません。馬車馬のように働きましょう」


根本、オセロ盤を逆にする。


根本「じゃ、こっちはお任せします」

聡美「え」

根本「終わったらそのまま置いておいて下さい。どうせ誰も持って行きやしません」

聡美「じゃあ、お借りします」

根本「負けないで下さいね」

聡美「頑張ってみます。根本さんも、お仕事頑張って下さい」

根本「ありがとうございます」


野島、根本を睨んでいる。根本、礼をして出て行く。ドアの音。


聡美「野島さん」

野島「あ、はい」

聡美「続き、しませんか」

野島「はぁ……」


野島、オセロ盤の前に座り込む。


聡美「よろしくお願いします(礼)」

野島「……お願いします」


聡美から打ち始める。


聡美「懐かしいですよね」

野島「え?」

聡美「懐かしくないですか?」

野島「ああ、ええ……」

聡美「子供の頃はよくやったんですけど、最近の子は、オセロなんかしないんでしょうね」

野島「どうでしょう。ネットで出来ますから」

聡美「ああ……」


何手か打ち合い、聡美が長考。


野島「……あの」

聡美「すいません、ちょっと待って下さい」

野島「いえ、オセロじゃなくて」


聡美、顔を上げる。


野島「さっきはすいません。みっともないところをお見せしてしまって」

聡美「……いえ」

野島「あいつ、暗くてロクすっぽ口も利かないヤツで。一日の殆どをフォークリフトの上で過ごす変わり者なんです。何か失礼はありませんでしたか?」

聡美「いいえ。お陰で退屈せずに済みました」

野島「そう・ですか……」

聡美「(打つ)じゃあ、ここで」

野島「ふぅむ……」

聡美「お知り合いなんですか?」

野島「え?」

聡美「根本さん」

野島「……ええ、まあ」

聡美「頭のいい方ですね」

野島「……?」

聡美「こういうの、出るじゃないですか。人柄とか……、思慮深さ、とか」

野島「……。(笑う)そうですね。頭も性格も、人一倍いいやつです。ヒネてはいますけど」

聡美「どうしてあんな言い方を?」

野島「あいつとは、同期なんです。最初は二人とも、本社にいました」

聡美「そうなんですか」

野島「俺よりずっと出来のいい営業マンでした。プレゼンの進め方は上手いし、新規の契約も次々取ってきて。俺はあいつに何とか追いつこうと必死でしたよ」

聡美「……今の姿からは想像がつかないです」

野島「でしょう」

聡美「根本さんは、ご自分で希望して、こちらに?」


野島、首を横に振る。


聡美「じゃあ、どうして……」


野島、駒をもてあそぶ。


野島「入社して3年目でした。俺たちもそれぞれ大きな仕事のチーフを任されて、毎日が忙しかった。いや、だからって訳じゃありませんが、ある日、致命的なミスが発覚したんです」

聡美「ミス……」

野島「……バカみたいに初歩的なことです。先方に提出する見積書の数値の、ゼロがひとつ少なかった。単純ですが、ウチが負うダメージは絶大です」

聡美「……それは、根本さんが?」

野島「いいえ、あいつじゃない。あいつの上司のミスでした。大きなプロジェクトだったので、自分も参加すると言って聞かなかったんです。なのにあんな単純な……。しかもその上司は己の保身のために、ミスを全てあいつのせいにしました。だから俺は、上層部に掛け合おうとしたんです。なのに」


野島、駒を握り締める。


野島「あいつは何の反論もしませんでした。俺の働きかけも断って、上が下した辞令を素直に受けました。それが、ここのフォークリフトの運転士です」

聡美「……」

野島「情けないですよ。あんな作業ジャンパーなんか着て。前はあんなじゃなかった。ちゃんとしたスーツを着て、何億ってプロジェクトを動かしていたんです。なのに今ではあんなにボサっとして、毎日変わらない同じ仕事を繰り返し、それで月給30万も貰えない。またそれをあいつがちっとも悔やんでいないのが、俺は腹立たしくてならないんです!」


聡美、驚いた様子。


野島「あ、すいません。つい……」


聡美、笑顔で、オセロを続ける。


野島「聡美さん?」

聡美「本当に、オセロって人柄がでますね」

野島「……え」

聡美「野島さんは、お友達思いのいい方です」

野島「(照れる)や、いやぁ……。曲がりなりにも昔はライバルだったし、憧れてもいましたからね。でも今は……。彼を見ているとイライラします。軽蔑していると言ってもいい」

聡美「そうですか? 本当はずっと根本さんとお仕事がしたかったんでしょう?」

野島「そんなこと……」

聡美「その望みは、根本さんがここにいても叶ってるじゃないですか」

野島「でも、泣き寝入りしたあいつを、俺は許せません」

聡美「根本さんは、負けず嫌いなんだと思います」

野島「?」

聡美「知ってますか? オセロは、一人でやるか、一生やらなければ、絶対に負けないんですって」

野島「それは……、そうでしょうけど……」

聡美「だから根本さんは、まだ負けてないんですよ」


見つめ合う二人。


山下の声「うおーい、開いたぞ!」


二人、顔を上げる。


野島「行きましょう!」

聡美「はい!」


立ち上がる二人。
暗転。

○冷凍庫
薫子、丸くなって忠を見ている。
忠、腹筋をしている。


忠「56、57、58、59、60ッ……。ふわーあ、きっつ……ッ」

薫子「もう終わり?」

忠「もうって、60回やりましたよ」

薫子「中途半端じゃない」

忠「日課なんです。寝る前の。毎日10回から始めて、段々増やしていって、やっと今60。だって急に100とかやろうとしても、続かないでしょう?」

薫子「ふぅん」

忠「大友さんもいかがです?」

薫子「いい」

忠「丸まってるより、温まりますよ」

薫子「こんなところで横になりたくない。服も髪も汚したくないし」

忠「今更じゃないですか?」

薫子「出た時、ズタボロだとカッコ悪いじゃない」

忠「こんなところに入っちゃったことが既にカッコ悪いですけど」

薫子「それでも。……女性は身だしなみが大事なんです」

忠「大変ですね」

薫子「男には分かんないでしょうね」

忠「分かんないですねぇ」

薫子「ね、出たらまず、何する?」

忠「トイレに行きます」

薫子「君ってさぁ」

忠「はい」

薫子「……いいや」

忠「薫子さんは、何します? 念願の、バイキングですか」

薫子「それもそうだけど、まずは会社に戻って、資料を仕上げなきゃ」

忠「夢がないですね」

薫子「君が言うかな。あれ?」

忠「どうしました?」

薫子「名前……」

忠「発注書に書いてあるでしょう。フルネーム」

薫子「誰が名前で呼んでいいって言った」

忠「ダメですか? ひと目で覚えちゃったんですけど」

薫子「(照れている)珍しいからでしょ?」

忠「ええ、珍しいんで」

薫子「……それだけかよ」

忠「何か言いました?」

薫子「別に、何でも」

忠「ま、そんなもんでしょ、始まりって」

薫子「聞こえてるんじゃない。それに、始まりって」

忠「僕は始まってる気がしますけど」


忠、笑う。


薫子「……何」

忠「いいと思いますよ。そういうキャラ」

薫子「それはどうも! あー寒、あー、退屈!」


薫子、腹筋を始める。ぎこちない。


忠「薫子さんって……」

薫子「何よ」

忠「結構、いろいろ出来ないんですね」

薫子「出来る出来ないより、やろうとする心掛けが大事なの」

忠「何回やります?」

薫子「100!」

忠「無理でしょ」

薫子「無理じゃない。やるの」


忠も再び腹筋を始める。


薫子「日課は終わったんでしょ」

忠「一人より、張り合い出るでしょ。付き合います」

薫子「何で?」

忠「貴重なチョコレートのお礼です」

薫子「……何でもとっとくもんね」

忠「貧乏性が幸いしましたね」

薫子「倹約家と言いなさい」


施錠を解く音。(まだ開かない)


忠「あ」

薫子「開くんじゃない!?」


立ち上がる二人。扉に駆け寄る薫子。振り向くと、立ち止まっている忠。


薫子「何ボーっとしてんの」

忠「あの……」

薫子「何?」

忠「ちょっと楽しかったり、しませんでした?」

薫子「はい?」

忠「電話とFAXだけのやりとりじゃ、分からないこといっぱいありますよね」

薫子「……まあ、ね」

忠「で、いつにします?」

薫子「何を?」

忠「ケーキバイキング」


ドアの開く音。眩しいくらい明るくなり、暗転。

○会社の玄関口
ざわざわとした様子。
下手を遠くから覗いている野島。そちらから出てくる根本。


根本「ああ、ここにいたんですか」

野島「聡美さんは?」

根本「佐川君と感動の再会をしてますね」

野島「お前さ、いい加減、敬語止めろ」

根本「……本社のトップ営業マンに敬意を払ってみたんですが」

野島「嫌味か」

根本「ホントのことでしょう」

野島「とにかく止めろ。気持ち悪い」

根本「はいはい。(息をつく)……相変わらず強引だ」

野島「強引なだけじゃない。俺のモットーは完璧・迅速・的確だ」

根本「確かに行動は早い。俺が異動する時も、全然話を聞かなかった」

野島「お前が唐突過ぎるんだよ。辞令が出て即、倉庫に異動なんかしたら、泣き寝入りだと思うだろ」

根本「思うのはお前の勝手だ。俺には俺の考え方がある」

野島「まさか山下さんがここに来ることも……」

根本「とぉんでもない!」

野島「――知ってたんだな。……はあーあー」


野島、しゃがみ込む。


根本「どうした?」

野島「本社にこだわってる俺がバカなのか? お前といい山下さんといい、何でこんなところに喜んで来てんだよ。いったいここに、それほどの何があるってんだ。ただの商品管理倉庫だろ?」

根本「……ただの、じゃない。ここがキチンとしているからこそ、ウチの会社が成り立つんだ。誰かがやらなきゃいけなかった」

野島「後悔してないのか」

根本「するなら来ない」

野島「……そういうヤツだな」

根本「――野島」

野島「あん?」


根本、野島を立ち上がらせようと、手を差し出す。


根本「そっちは任せた」

野島「……ふん」


野島、一人で立ち上がる。


野島「全く、いい性格だよ、お前は」

根本「照れるなぁ」

野島「褒めてねぇよ!」


聡美、登場。


野島「ああ、聡美さん。どうです、佐川君は」

聡美「案外元気そうにしてました。本当にありがとうございました。皆さんのおかげです」

根本「よかったですね、大事に至らなくて」

聡美「はい」


野島、聡美にメモを渡す。


野島「聡美さん、これ、俺の連絡先です。何かあったらいつでも俺のところに……」

聡美「あ、でも……」

野島「差し当たって、今週の日曜日は空いてますか? お洒落なキャッフェーでキャラメリゼ・カプチーノを頂いたあと、夜景のきれいなレストランに行って……」

根本「(割って入る)あ、向こう、呼んでますよ。どうぞ、早くご主人のところに」

聡美「はい、失礼します」


聡美、走っていく。呆然としている野島。


根本「ふん、佐川君が羨ましいな。あ、言っておくが、俺は不倫は賛成しない。……野島?」

野島「ご主人……、て?」

根本「(聡美を指して)佐川君の、奥さん」

野島「えぇ!?」

根本「何だ、今更」

野島「妹じゃ・なかったの……?」

根本「違うよ」

野島「嘘ぉ!」

根本「現実だ」

野島「だって、だって、だぁってぇ!」

根本「はいはい、お前の電話番号は俺が受け取ってやるから」

野島「嬉しくないよ!」

根本「心配するな。差し当たって、日曜は空けておいてやる」

野島「嘘だ、嘘だよぉ〜」


根本、野島を引っ張って退場。

○タクシー
聡美のマイム。出てきて、タクシーを止める。夫を先に乗せ、自分も乗車する。


聡美「逗子までお願いします。え、違います。逗子です。神奈川県の。ああ、そうですね。いえ、みのさんとは近所じゃないんで」


車が走る音。


聡美「(夫に)よかった、無事で。だって、会社の人もお義母さんも、全然心配してないんだもん。せめてあたしくらいは……、心配するのよ。え、そうなの? (振り返って倉庫を見る様子)お義母さんとお義父さんも、昔あそこに? お義母さん、そんなこと、何も言ってなかった。明日、ゆっくり当時の話を聞かせて貰わなきゃ。……あなたは残念だったわね、おじさんと二人で」


照明、落ちる。

―終わり―


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